2023年8月3日木曜日

紅蓮の禁呪15話「葬儀」

  翌日。

 紅子は現音の部長、井出司郎(いでしろう)の父親の葬儀に参列していた。

 故人が歴史学研究所の所長であり、学界でそこそこ名を知られた人物だったせいか、弔問客には学者風の人物が多かった。

 制服姿の学生も、ちらほら見かけたが、大抵は紅子と面識のある、同じ現音の部員や、司郎の友人だった。

 葬儀は、参列者もさほど多くなく、きわめて質素なものだった。

 まるで、密葬のように。

 実際、司郎ら遺族は、今日のこの葬儀のことを新聞の訃報欄ふほうらんに載せていなかった。

 僧侶が静かに経をあげている、そのむこう側の祭壇には、遺影と白い菊花の他に、小さな骨董こっとうが据すえられている。

 中に入っているのはしかし、故人の遺品である腕時計だけだ。

 人間の身体が、粉みじんに吹き飛んでしまうような事故。

 それが一体どんなものだったのかは、紅子には知るすべもないし、特に興味もない。

 ただわかることは、それがあまり尋常といえるような死に方ではない、ということ。

 だから、司郎たちは、事情をよく知らない弔問客から、あれこれ詮索せんさくされたりすることのないよう、ごく内々にこの 弔とむらいを済ませるつもりなのだろう。

 彼女は、単純にそう思っていた――儀式の終わり近く、寺の山門の外に、奇妙な男の二人連れを見かけるまでは。

 黒を身につけていないところを見ると、弔問客ではないようだ。

 しかも片方は、カメラを構えていた。

「ねぇ、ちょっと」

紅子は、隣にいた同じ一年の女子部員を肘ひじでつつき、小さな声で言った。

「あの、門の外にいるの、何かな?」

 少女は言われた方向にちらりと視線を向けると、すぐに答えた。

「ああ、三流雑誌の記者かなんかでしょ?」

「雑誌記者?」

紅子は眉をひそめた。

「何で、そんなモンがここに来るわけ?」

少女の目が丸くなった。

「何で、って……一色さん、知らないの?」

「だから、何をよ?」

 紅子がじれったそうに尋ねると、相手はあきれたような目で彼女を見た。

 それから、さりげなく周囲の様子をうかがうと、片手を口のそばに立て、声をいっそう低めて答えた。

「先輩のお父さんが亡くなった『事故』。色々、ヘンなところがあるって、マスコミが騒いでるんだって」

「変なところ?」

「そ。事故の起きた時刻が、発掘作業なんかとっくの終わってるはずの夜中の二時頃だったってこととか、あと、現場に警察が駆けつけたとき、現場の夜間警備員は全員、誰かに失神させられて、ガムテープで縛られてたってこととかね」

 少女は、場所柄を考えてのことだろう、かなり早口で、この話を終わらせたがっているようだった。

「そんなわけで、一部のマスコミが、何か犯罪に巻き込まれたんじゃないかって……ま、騒いでるのは大抵、三流週刊誌だけど。でも、謎が多いのも確かなのよね。問題の遺跡は、事故のあと、すぐにツブされて、埋めもどされたっていうし。一般公開も、説明会すらなしでね……まるで、関係者以外に見られちゃ、まずいものがあるみたいじゃない?」

 その話は、紅子もテレビのニュースか何かで聞いたことがあった。

 遺跡の規模が小さかったということと、出土品が少なかったという、それだけの理由で、警察の現場検証もそこそこに、土地の持ち主だか何だかが遺跡を破壊して埋めもどしてしまい、学術研究団体や、地元の郷土資料保存会などから強い非難を浴びていた。

 あの時は、何とも思わず聞き流していたけれど、そういえば、同じ近畿地方の黒滝という地名だった。

 紅子は相手の真似をして、口の側に片手を添え、できるだけ声を低くした。

「それって、センパイのお父さんが死んだのは、事故じゃなくて、何かヤバいものを見て殺された、ってこと?」

 少女は小さく肩をすくめた。

「私に言えるのは、それもありかもしれない、ってこと。それだけよ」

 興味があるなら、自分で調べてみたら?

 相手の目がそう言っていた。いずれにしても、葬儀が行われている場所で、被葬者の死因がどうの、などという話をこれ以上続けるべきではなかろう。そう思った紅子は、

「ありがと」

と、短く礼を言って、その会話をうち切ったのだった。


 葬式は正午過ぎに、滞とどこおりなく終わった。

 ちょうど空腹を感じる時間帯だったこともあり、参列していた現音の部員十数名で昼食を食べに行こう、という提案が誰からともなく持ち上がったが、紅子は「予定があるから」と断った。

 実はこのあと、竜介から、昨夜の話の続きを聞くことになっているのだ。


「俺がここに来たのは、君を護衛するためなんだ」

 昨夜、家の玄関先で、彼はそう言った。

 腕っ節に自信のある彼女にとって、それは聞き捨てならない言葉だった。彼女は強い口調で尋ねた。

「それ、どういう意味?」

すると彼は、

「明日、空いてるかい?」

と、訊き返してきた。

 井出の父親の葬式は、たしか、明日の午前中だ。彼女は少し考えてから答えた。

「……昼からなら」

「それじゃ、明日の午後、ゆっくり説明するよ。君に聞いてほしいこともあるし」


 紅子は、歩きながら頭上を見上げた。送電線の上で、鳩や雀が数羽、羽根を休めている。

 どこでも見かける光景だ。

 が、あの鳥のうちのどれかが、竜介から自分の監視を頼まれているかもしれないと考えると、気分のいいものではなかった。

 一体、何のために……昨夜の、あのヘンな犬の群れと何か関係があるんだろうか?

 竜介の釈明を早く聞きたいのはやまやまだったが、その前に、彼女にはしておかねばならないことが一つ、あった。

 春香の家に立ち寄ることだ。

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