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2025年8月11日月曜日

アンブローズ・ビアス傑作選Ⅰ『兵士たち、幽霊たち』ネタバレ感想

 

※イラストはAIによるものです

『悪魔の辞典』でおなじみのアンブローズ・ビアスですが、ゴシックホラーの名手でもあります。

こちら短編集なのでとっつきやすいですが、南北戦争ネタが多くて、

「おじいちゃん、またその話ですか?」

って言いたくなりました😂

脚注はいくつかあるものの、巻末解説がないため、南北戦争など当時の情勢に明るくない日本人にとってはちょっと不親切かな。

私が一番気に入ったのは、『シロップの壺』。

死んだはずの商店主が、夜な夜な店に立って商いをするという話ですが、

「たとえ幽霊だろうと、無害で誠実な商売人ならきちんと歓迎してやればよかった」

というオチで、ちょっとほっこり😊

一方、最後に収録されている話、『ハルピン・フレーザーの死』は難解。

物語は終盤のホーカーとジェラルソンが墓地へ向かう部分を除いては、主人公の夢(妄想?)と実際の記憶が錯綜している上、暗喩やほのめかしだけで、主人公「ハルピン・フレーザー」がどうなってなぜ死んだのかをはっきり説明しておらず、結末については読み手の想像に委ねられているところが大きいと思いました。

なので、私なりに解釈してみます。

◆その1、ハルピンはなぜ「ブラスコム」と名乗っていた?

ハルピン=ブラスコム=ラルーであることは、ホーカー&ジェラルソンの会話や、彼らがブラスコムの遺体をみつけたとき、傍らに「ハルピン・フレーザー」の名前入りの手帳が落ちていたことから自明でしょう。

ブラスコム(またはラルー)は誘拐されて水夫として働いていたときについた愛称かな?とも思ったのですが、もしかすると救出されてからセントヘレナで「一緒に暮らしていた船員仲間」の名前だったのではないでしょうか。

さらにもしかすると、そんな船員仲間は最初からいなくて、ハルピンとブラスコム二つの名前を使い分けていたのかも?

◆その2、ブラスコムの妻「キャスリン・ラルー」とは誰なのか?

これは物語の冒頭と最後にヒントがあります。まず、

・冒頭、ハルピンは母親を「ケイティ」と呼んでいた。「ケイティ」は「キャスリン」の愛称。

・ホーカーが曰く、「ブラスコムの本名はラルー」「殺された女の名字がフレイザーだった」

さらにホーカーとジェラルソンの会話から、

・ブラスコム=ハルピンの妻は、未亡人となって身内を探しにカリフォルニアに来た

つまり、「キャスリン・ラルー」とは他ならぬハルピンの母親、「キャスリン・フレイザー」。

「ラルー」という名字がどこから来たのかはわかりませんが、もしかするとハルピンの母方の名字なのかもしれません。

彼女は夫を看取ったあと、息子を探してはるばるカリフォルニアへとやってきて、そして冒頭にもほのめかしがありましたが、二人は親子でありながら夫婦として暮らしていたわけです。エディプスコンプレックスの極みですな。

本名で母親と結婚するには問題があったのか、あるいは船員時代に何かあったのか、ハルピンは偽名を使っていたのでしょう。

「ブラスコムの本名はラルー」という言い方が気になるところですが、ハルピンはもしかするとファーストネームは使わず、「ブラスコム」あるいは「ラルー」という通り名だけを使っていたのかもしれません。

さらに謎なのは、ブラスコム=ハルピンが妻殺しの指名手配犯として追われている(いた)らしいこと。

◆なぜハルピンは母親=妻を殺した?

奇妙なことに、ハルピンの記憶?(作中ⅡとⅢ)には、「妻キャスリン・ラルーと暮らしていた思い出」がいっさい出てきません。

彼の記憶(あるいは夢)につきまとうのは、変わり果てた彼女の亡霊のみ。

いったい二人の間に何があったのかはわかりませんが、まあありがちな展開を考えると以下のような感じでしょうか。

未亡人として夫の遺産を継いだキャスリンは、カリフォルニアに息子ハルピンを探しに来て、船員として貧乏ぐらしをしていた彼と再会。自分たちのことを知る者がいないのをいいことに結婚、遺産でしばらくはぜいたくな暮らしをしていたものの、やがて金が尽きると二人の関係に亀裂が入る。

(ハルピンの怠惰な性格や、ケイティの富裕な家に嫁いだ贅沢ぐらししか知らない奥様ぶりは冒頭で触れられています。)

さらにハルピンは、自分よりも早く老いていく妻に嫌気がさし、ある日、衝動的に妻を殺し、猟銃を持って逃げた…

あれ?だとすると、セントヘレナで一緒に暮らしていた例の名無しの「船員仲間」は最初からいなかったんじゃない?ハルピンが「妻」と暮らした思い出を上書きしてそう思い込んだということなのでは?

愛する「妻」のことがハルピンにとってそこまで忌避すべき記憶となってしまったのは、彼が彼女を殺す前からなのか、それとも殺したあとなのか…

いずれにしても、物語では彼らの結婚が呪われた、忌むべきものとして扱われているのは間違いないでしょう。

呪われた結婚は殺人という恐ろしい形で破綻し、殺人者は自らが殺めた亡霊につきまとわれ、錯乱したあげく恐ろしい死を遂げる…

はからずもビアスの倫理観が垣間見た気がする作品でした。

2025年7月31日木曜日

映画『侍タイムスリッパー』感想

 

(イラストはAIによるものです)

金ローで放映されたのでご存知の方も多いと思いますが、面白いとの噂を聞いて、私も見てみました。

主人公は会津藩の剣士。彼が長州藩のとある藩士暗殺の密命を帯びて、雷雨の夜、任務を遂行しようとしたところ、雷に打たれて、なんと現代の映画撮影所にタイムスリップ!というお話。

主人公が元いた時代は幕末ですので、幕政維持派の会津と、倒幕・尊王攘夷派の長州はバチバチなわけですね。

まあそれを知らなかったとしても、エンタメとして楽しめる内容ではあるわけですが。

主人公は現代にタイムスリップ後、自分の状況に混乱しつつも、時代劇のロケ先として撮影所となじみの深いお寺の住職夫婦に拾われて、周囲に助けられつつ、かねてより培った剣士としてのスキルを活かして、時代劇の「斬られ役」としてなんとか生活、現代に馴染んでいきます。

この映画、なんといっても演出が興味深い。

主人公が斬られ役なので、時代劇のいわゆる「殺陣(たて)」の場面がこれでもかというくらい何度も出てくるのですが、当然、当たっても怪我をしないジュラルミン製のペラペラな模造刀を使っての撮影なので、刀の触れ合う金属音がない

俳優さんたちがどんなに気合いの入った立ち回りを演じても、静か~wなので、「演技」「お芝居」感が抜けない、どうしても「作り物」に見えるんですよね。

しかし!これがドラマ後半の、「真剣(劇中では「本身」と呼ばれています)による立ち回り」の撮影に生きてくるんです!

重い金属の刃が空を切り、ぶつかりあう音の迫力といったらもう!

あれは見ていてしびれました!ほんと、効果音って重要なんだなと今更実感です。

主人公がなぜ、周囲の反対を押し切り、「斬られ役」として自分を育ててくれた師匠に「暇願」(要するに、破門願いですね)を渡してまで、撮影で真剣を使うという危険な決断をするに至ったのか?

そして彼は誰とその「真剣勝負」を「演じた」のか…?

それは映画を見てのお楽しみ。ネット配信もされているそうなので、ご興味の方はぜひ見てみてください。

会津藩は新政府軍によって「賊軍」として制圧されたあと、他藩への見せしめとしてひどい扱いを受けたこと、この映画で初めて知りました。

この史実を主人公が知る場面で、観客としての自分と主人公の心理的距離がぐっと縮まった感覚があり、その後の展開もカタルシスがあって、とてもよかったです。

見終わったあと、久しぶりに故・水野晴郎さんの名台詞、「いや~映画って、本当にいいものですね」とつぶやきたくなりましたw

2022年8月22日月曜日

悪役令嬢ものは沼。

 『破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった…』のコミカライズ版がプライムリーディングに上がってきたんですよ、ええ。

アニメは全編見ました。まあ最後の方は正直惰性でしたがw

そこからですよ…

ことあるごとに、密林がことあるごとに悪役令嬢ものをおすすめしやがり始めたんです…

そんなのつい読んじゃうじゃないですか。

気がついたらね、昨日も『加護なし令嬢の小さな村』のコミカライズ版を一気に3冊買っちゃってたんですよ。

面白くて、一気読み…だけじゃなく、続きが気になって、小説版にまで手を出しそうになっている自分がいました。

ゾッ…としましたよ…明らかにやばい兆候ですよね、これ…

でもねえ、本当、面白いんですよ。特にね、主人公が領主になった小さい村の人たちが幸せになっていくのを見てると、こっちまで幸せ〜な気持ちになったりとかね。

実は、今日も一冊、また別の作品をプライムリーディングで読んじゃったんですよ…

『僕は婚約破棄なんかしませんからね!』のコミカライズ版なんですけどね…

珍しく王子視点からのストーリー展開、面白かったなあ。

婚約者になった悪役令嬢(予定)の女の子と一緒に、おしのびでヒロイン(予定)の女の子を覗き見しに行って、ひと目見た瞬間に「かわいい」で頭がいっぱいになっちゃうところとか、「これがゲームの強制力」って感じで、なるほどなぁ〜って思いしました。

こっちはコミカライズ版は途中で打ち切りになってしまってるそうで、最後まで読みたかったら小説しかないんですよ…

困りますね…

困りました…

ほんと、これ沼だから…気づいたら、ハマってますからね…気をつけて…

私?

これからブックオフでも行こうかな、って…www

2022年8月20日土曜日

黎明卿ボンドルドに関する象徴学的考察

 


大変久しぶりのブログ更新です。

つくしあきひと氏原作「メイドインアビス」、アマプラで履修してみたところ、世界観にドハマリしてしまい、現在放映・配信中の二期も毎回楽しみにしています。

とくに私が興味を惹かれたのは、劇中での数々の非人道的な振る舞いにより、同作品ファンからは蛇蝎のごとく嫌われているキャラ、ボンドルド卿。

彼が何をしでかしたかについては本編をご覧いただくとして、いずれも確かに「人道に照らすと」唾棄すべき行為ではあるのですが、彼自身にとっては、アビスの謎を解き明かすという自らの知的欲求にどこまでも純粋に従った結果の行為であり、そこに「悪意」がないという点で、一般的なヴィランとは一線を画すように私には思えました。

以下は、そんなボンドルド卿の謎についての考察です。ネタバレありなのでご注意!



◆ボンドルドの仮面

劇中設定では、彼の仮面とは、それを装着した他者の精神を彼に隷属させるための道具です。

ボンドルドは、自分の魂をアビスの特級遺物である精神隷属機「ゾアホリック」に移し、仮面を使って他者を「乗っ取る」ことで、事実上の「不死」を手に入れたのです。素晴らしい…ってボンドルド本人は思ってるんだろうなぁ。

つまり、あの仮面はゾアホリックの「端末」のような役目を果たしているのでしょう。

ちなみに、彼は自分の白笛を手に入れるために自分の身体を使った(白笛の元になる石「命を響く石(ユアワース)」は人間から作られたもので、しかも、「材料」となる人間は、白笛の使い手にすべてをささげる覚悟が必要。ボンドルドにはそこまで強い絆で結ばれた特別な他者はいなかったと思われる…さもありなん)ので、オリジナルの肉体は残っていません。作中で動き回っている彼の身体は、おそらく彼の部下である祈手(アンブラハンズ)の誰かのもの。

文字通り己の知的欲求に己のすべてを差し出したわけで、ここまで来ると、もはや狂気の沙汰も通り越していっそあっぱれですらありますね…。

◆仮面の象徴的意味

ボンドルドが作ったのか、それとももともとゾアホリックの付属品(?)なのかは謎ですが、精神隷属機だから頭に近いところがいいとしても、あんな暑苦しそうな仮面でなくとも、首輪でも額飾りでもかまわないはず。

なぜ、仮面なのでしょう?

古来、仮面の役割とは、「見えざるものの依代となること」でした。

日本の伝統芸能である能楽でも、神や怨霊など「人ならざるもの」の演じ手は必ず面をかぶっていますし、なまはげなども仮面をかぶって「年神」を演じ、新年の幸福を祈る行事であることは、読者諸氏ご存知の通り。

仮面をかぶることで人としての己を消し、神との同一化をはかり、豊穣を祈ったり、病魔を退けたりするシャーマニズムは世界各地(特にアジア)に広く見られる風俗です。

つまり、ボンドルドは仮面によって不死を手に入れ、かつアビスに仕える「神官」となり、アビスという「神」と同一化したわけです。

人間を超越しちゃったんですねえ…神の視点を手に入れてしまった彼にとって、「人道的」とか「倫理観」などというものが意味を持たなくなるのも、ある意味当然といえば当然かもしれません。

アンブラハンズが全員、彼と同じく仮面をかぶっているのも、彼らが同様に神に仕える「神官」だからなのでしょうね。

◆アビス探求至上主義

実験のために連れてきた子どもたちについて、「あれらは人間としての運用はしておりませんので」などというぞっとするようなセリフを平然と口にする一方で、娘である(とボンドルドは言っている)プルシュカに対しては温かな愛情を注いでいる(ように見える)場面もありますが、彼の言動を総じて鑑みるに、彼にとって「人間として扱うかどうか」という区別は、「家畜かペットか」という区別と大差なさそうです。

彼にとって、すべての生命は、アビス探求のために存在する。

そこに例外は存在せず、自分の肉体すらアビス探求のために白笛に変えてしまったのですから、まさに「筋金入り」です(まあ、魂というか意識だけはゾアホリックに移せたからこそできたことではありますが…)。

彼がやったことに対して他人が見せる喜怒哀楽や愛憎さえも、「脳細胞の電気信号と脳内分泌物に踊らされているだけ」とか思ってるんじゃないかなぁ。

◆なぜ「目」を見せた?

第六層に向かうリコたちを見送る場面。ボンドルドの仮面はリコたちとの激しい戦闘によって壊れており、壊れた場所から片目がのぞいていました。とても印象的な場面なので、憶えている方も多いでしょう。

戦闘中に壊れた仮面からのぞいた彼の目は複眼で、人ならざるものを思わせましたが、その個体が戦闘に敗れると、別のアンブラハンズが壊れた仮面を拾い上げて「新しいボンドルド(文字通り)」になり、そのときの目は、生身の人間のものでした。

アビスの遺物によって改造した肉体ではなく、一時的にせよ生身の肉体となったボンドルドは、そのまま他のアンブラハンズたちとともにリコたちを見送りますが、なぜわざわざ見送りに出たのでしょう?

これは私の推測ですが、白笛を得たリコの、アビスに対する探究心に、ボンドルドは同じ「白笛」の探窟家として、最大の敬意を払ったということでは…?と考えています。

また、目は古来、人間の身体で最も強い呪力を持つ器官。

最も有名なのは、古代エジプトの魔除けとして墓室や棺などに描かれた「ホルスの目」(ラーの目、ウジャトの目とも)でしょう。

古代メソポタミアや中国の遺跡からも、やたら目を強調した人物像などの遺物が発見されています。

日本でも「目は口ほどにものを言い」というように、最も感情を表す器官でもあります。

ボンドルドは奇しくも生身の目でリコたちを見送ることにより、自身の言葉通り、アビスに仕える者として最大の「呪いと祝福」を彼らに与えたのですね。

そういえば、リコたちが第六層へ行くために乗り込んだ昇降機も、もろに眼球の形でした。彼らは「呪いと祝福」の象徴たる目そのものに運ばれて、アビスのさらに奥へと進んだわけです。


さてさて、作中、アビス下層の生物が上層へ移動していたりするところを見ると、どうやらアビスの力場が上昇してきている模様。オースの街での異変も、島の外の医療船に移動した途端元気になったキユイを見るに、アビスの力場が穴の外にあふれつつあるしるしのようです。

いったい、アビス最下層では何が起きているのか…

私には、最下層の異変を知ったライザが、オースの街の人々に警告するためレグを送ったのでは?と思えるのですが…

いずれにしても、続きが楽しみです!

2022年1月10日月曜日

安田登『野の古典』感想

 



高校の国語教師から能楽師に転身された安田登氏による、古典の入門書。記紀神話から始まって、明治時代は新渡戸稲造の『武士道』に至るまで、日本の古典だけでなく『論語』なども取り混ぜつつ全24講義という構成になっています。

古典における昔の人たちの恋愛模様とか艶笑話あり、幽霊や妖怪など怪異譚あり。よく知っているはずの日本の昔話も、別の古典書籍には実は意外な結末が書かれていたりします。

たとえば、浦島太郎。『御伽草子』の浦島太郎は、一般的に知られている物語とは結末が全然違う!とか。

タイトルだけは日本史に出てくるから誰でも知っている、十返舎一九の『東海道中膝栗毛』が実は女色男色スカトロネタなど何でもありのエログロナンセンス小説だった!とか。

個人的に興味深かったのは、因幡の白兎=生贄説と、『論語』が書かれた当時、「惑」という漢字はなかったという話と、松尾芭蕉はなぜ旅に出たのか?という話ですね。

能や狂言のあらすじもたくさん書かれていて、それもおもしろかったです。能って寝てしまっていいんだ…(;^ω^)

筆者御本人から直接話しかけられているような親しみやすい文体と、教科書には載らない(というか、載せられない)けれど世間的には興味を引く、面白い題材が多くて(最終第24講の新渡戸稲造先生の話だけが少し堅苦しい)、すらすら読めてしまいました。

そういえば買ったまま積読状態になってる岩波文庫の『論語』が書棚にあったなぁ〜と思い出したので、この機会に読もうと思います!

田島列島『水は海に向かって流れる』感想


 

皆様、あけましておめでとうございます。お久しぶりの更新です。

最近は漫画もラノベも、ちょっとおもしろいと10何巻とか続くのが常識みたいになってて、途中から参戦するのは個人的に精神的ハードルが高いこのごろ、皆様いかがお過ごしでしょうか。

この漫画はTwitterのタイムラインでおすすめツイートがめっちゃ流れてくるので買ってみました。全3巻。懐に優しい。

そして中身はというと、大変よかったので感想。安定のネタバレありなので、ネタバレ嫌いな人は読まないでね。

↓☆キケン☆ここからネタバレあり

●ストーリーは有り体にいうと

「W不倫した男の息子(15)と女の娘(26)がひょんなことで出会って恋に落ちる」

という、昼メロか?という話なわけですが、年齢差ゆえに考慮されているのか、全体にドロドロ部分は少なく、ふわっとした絵柄と作者氏の卓越したギャグセンスのおかげで、びっくりするくらいサラッと読めます。

絶妙なタイミングで繰り出されるジブリアニメのパロとか、某超有名漫画の名台詞などなど…。キミはどれくらい元ネタを知ってるかな?

物語冒頭で主人公・直達くんが拾う猫の「ムーちゃん(ミスター・ムーンライト)」も場面の緊張をほぐす癒やしになってます。猫大事。

最終巻あたりにはド修羅場とも言える場面もあるにはありますが、笑いに紛らせて最後まで突き詰めない場面転換で、読者の中には「それでいいんかい!」と中ぶらりんな気持ちになる人もいるかも。

でも、自分たちが「傷ついた子供」だからこそ、無垢なものを無垢なままに置いておきたいという榊さんと直達くんの優しさがわかる場面だなぁと私は思いました。

●W不倫の理由は不明

主人公・直達くんの父(熊沢父)と榊さんの母(榊母)の二人が不倫した経緯については、実は作中での説明はほぼ皆無です。たった1年で破局した理由についても、作中で熊沢父の「わがままを言ったら捨てられる」という台詞でほのめかされているのみ。

読者としては、「駆け落ちまでしてるんだから、なんか特殊な事情とかあるはずでは?」と説明を期待して読んでしまうのですが、二人がもともと築いていた家庭も、ごくごく一般的な「幸福な」家庭として描かれています。

でも、描かれないことで逆に、「特筆するほどでもない平凡な出会い」が、互いに既婚者であったがために「何の問題もなかった家庭を破壊させてしまう」という、恋愛に振り回される恐ろしさを際立たせていると思いました。

ここからは作品を読んだ上での私の推測ですが。

榊母は榊さんが言う通り「頭のいい人」で、プライドが高い人っぽい。榊さんの回想シーンでは榊母は一度も娘に謝ってない。むしろ「あなたも好きな人ができたらわかる」なんて、開き直っているようにすら見えます(じゃあダンナとの仲は冷めきってたんだネ…ってことになりますよね)。

一方、熊沢父は自分で自分を「ポンコツ」と言い、自分の妻に怒られたときも「もういいっ死ぬっ」と拗ねたりと子供っぽい。それ、不倫相手にもやったんだとしたら、そりゃ秒で捨てられるやろ…。

榊さんにも不倫のことを息子にバラしてないか念押しするし、あとさー、「もうヘンな下心とかない」という台詞。

さらっと!さらっと言ってるけど!それって逆に「下心あったときもある」ってことデスヨネ!?

言葉には気をつけようよ、熊沢父…。マジでBKなんだな…。

出来心で浮気して、盛り上がって駆け落ちしたものの、捨てられて一人になった熊沢父は孤独に耐えきれず、恥をしのんで元の家庭に(受け入れた奥さんの度量の広さよ…)、というところでしょうか。

直達くんの母方の実家に顔を出さないのは、嫁さんの両親から「二度とうちの敷居をまたぐな」とかなんとか言われたんでしょうな。当然の報い。

(私の素朴な疑問。「駆け落ち中、仕事どうしてたん?無職??」

しかしながら、榊母の行方を探すことで自分を「少しでもちゃんとした人間だと思いたい」とつぶやき、嫁さんが(間接的に)自分のせいで頭に怪我をして入院する羽目になったことで涙をこぼす熊沢父は、なんとなく憎めないんですよね〜。まあBKなんだけどな。

●榊母と榊さんの葛藤

熊沢父を捨てたあとの榊母は、娘から色キチと罵倒された一件もあり、自分のプライドもありで、おそらく一人で行きていく決意を固めていたのでしょうが、幼い娘を持つシングルファーザーと知り合って、元の家と同じ家族構成の家庭を築きます。運命の皮肉、ってやつですね。

他人の家庭を壊した罪悪感に苦しみながらも、新しい家庭で幸せ太り中の榊母。

ホンマに悪いと思ってる…?自分が娘やダンナに対してやったことについてはさほど後悔していないっぽくない?

榊さんから「この子の家庭をめちゃめちゃにしておいて」と言われて、直達くんに対しては「ごめんなさい」と言っている(あとでファミレスで出くわしたときにも、深々と謝罪。しかもけっこうな金額を直達くんに渡してる)のに、榊さんの

「怒らないのは許してるのと同じよ」

という台詞に対しては、

「千紗はこの先もずっとそうやって怒って生きてくの?お母さんは千紗に幸せになってほしい」

という言葉を返している。つまり、「怒らず許すことがあなたの幸せに通じるのよ」って意味デスヨネ〜?ずるくない?

説得してるつもりなんだろうけど、相手はもう子供じゃないので当然通じない。で、許してもらえないとなると

「あんたまともじゃないわよ」

と、逆ギレ。決裂決定。

しかもこの直後、榊母の今の娘(今カノ的な)が登場。たった一コマですが、榊母の愛情の対象がもはや完全に新しい家族に遷ってしまったこと(同時に榊さんや榊父の愛情を、彼女がもはや必要としていないこと)を印象付ける、重要な場面です。

W不倫と駆け落ちまでして周囲の人間を傷つけまくった挙げ句、榊母は愛情に満ちて、幸せそうな家庭を手に入れたわけですが、読者から見ると、「それって元の家庭とどう違うの?」という疑問が湧いてきます。そこに愛がなかったわけではなかろうに…と。

榊父が妻の出奔に驚いたり怒ったりせず淡々と受け入れて、ただ娘(榊さん)のことを「可哀想だった」と案じているのが、何とも切ない。

●直達くんのカツアゲと榊さんの怒り

カツアゲというと人聞きが悪いですが、要するにお金って万人にとって「価値のあるもの」の共通項だから、相手に「身銭を切らせる」ことでこちらも自分の気持を「区切る」ことができるんですよね。形のあるものとないものという違いはありますが、ある意味、「痛み」を分かち合ってイーブンな関係になる。

やり場のない怒りとか名付けようのないもやもやした気持ちをお金という形で解消するのは、ストレスコントロールにはいいやり方かもしれません。ちょっとドライかもとは思いますが。

でも、榊さんは不器用で、そういうことでは解消ができない人なんでしょう。それと、榊母の

「好きな人ができたらわかる」

という台詞も呪縛になってますしね。

あ〜、個人的にホンマとことん好きになれんわ、榊母。それはさ〜、子供が大きくなって恋愛したときに実体験として理解してくれればいい話で、不倫してるアンタが言うたらアカンやつ第一位ですから!

対して、熊沢母の懐の深さよ。ダンナが元不倫相手の連絡先を探してるって知ったときは逆上したみたいだし、息子から「大丈夫なの?」と言われて「わからん!」と返してますが、それでもダンナを追い出すでもなく、「UZEEE」と言いながらも一緒に暮らしている辺り、感服です。これも一つの愛の形、なのでしょうか。まあ今あるものを壊すのって、それなりにエネルギーが必要だしね。

ところで、個人的におもしろいな〜と思ったのは、熊沢父から巻き上げた(笑)金で直達くんが買ったのが「卵」ということと、彼が榊さんと二人で何度か(おそらくその卵で作った)ゆで「卵」を食べていること。

卵って、死と再生復活の象徴です。つまり、同じ傷を負う二人がそれを癒やし、乗り越えていくことが、卵によって予言されているのでは?と思いました。

●様々な恋愛の形

「不倫は文化だ」とか放言したバカヤロ様もいましたが、不倫は最も虚しい恋愛の形の一つと私は思いますね。周囲の人間関係をぶち壊すし、他人の恨みは買うし。

ただまあ、普通に恋愛してても誰かを我知らず傷つけていたということはあるでしょう。泉谷妹みたいな感じで。しかしながら、彼女の場合はなにせ入学して立て続けに3人から告られたという超絶美少女ですから、この先まだまだ幸せのチャンスは訪れるはず!

とりあえずは、榊さんと直達くんという10歳差カップルが、幸せになったらいいなと思ったことでした。結婚式とか挙げないだろうけど。だって榊父は自分の奥さんを寝取った張本人とご対面することになるし。めっちゃ気まずいヨネ…。

2021年10月30日土曜日

『九尾の狐とキケンな同居』ネタバレ感想

 


アマプラでおすすめに上がってたので見てみました。

というわけで、以下、ネタバレあり感想です。

男性主人公がどちらも「妖怪」ということで、つい比較してしまうので『トッケビ』のネタバレも含まれます。ご注意!

『トッケビ』は見ていてツライ場面が多かったし、最後も結局、トッケビであるキム・シンは不老不死のままで、転生したヒロインと再会してもいずれ死別の運命が待っているんだろうなと思うと、個人的には「ハッピーエンド」にクエスチョンマークがつく終わり方だったんですが、この『九尾の狐とキケンな同居』(長いので以下『狐』)はコメディ要素が多くて気楽に見られたし、最後も「長老」(九尾の狐であるシン・ウヨのあだ名)がちゃんと人間になれたので、軽いラブコメ作品としては満点かなと思いました。

ストーリーの深みなんかは、『トッケビ』と比べるべくもないのがちょっと残念かな〜。

『トッケビ』ではウンタクがたんぽぽの綿毛を吹き飛ばす場面があるんですが、この何気ない場面が後々ストーリーで重要な意味を持ったりとか、そういう「読ませる」描写が『狐』にはあんまりなかったかと…。

ただ、700歳で人間になれたヘソンと、999歳という消滅寸前になっても人間になれない長老との対比は面白かったかな。

長老を心配してあれこれアドバイスしたり世話を焼くヘソンは、「だからこそ長老に先んじて人間になれたんだろうな」と思えたし。

不満があるとしたら、ヒロインのダムさんから玉を返してもらったあと、長老がダムさんの大学に教授として赴任する展開がちょっとご都合主義(;^ω^)

ヘソンまで大学に「編入」(?)してくるし(;^ω^)

まあラブコメあるある展開ではありますな。原作webコミックらしいし、ますますあるある。

ストーリー前半ではヨレヨレのTシャツにポテチの食べかすをつけてガハハ笑いしていたダムさんが、後半ではどんどん可愛くなっていくのも、個人的にちょっと残念でした😂でも大口でラーメンすするシーンは良かったです👍

大学のアイドル、ソヌ先輩や長老と浮き名を流すダムさんに嫉妬した女子生徒たちとの髪を振り乱した大乱闘も、ダムさんらしくてよかった😂

ソヌ先輩といえば、このドラマで不幸な人第一位。間違いなく。

長老を人間にするための「当て馬」として、ダムさんと運命の赤い糸で結ばれてしまった挙げ句、振られまくり、妹はダムさんの弟とカップルになるという…🙀

もし二人がこのままうまくいってしまったら、自分を振った女と親戚になるという地獄な未来が待ってるわけで、たしかにドラマの最初のほうではソヌ先輩は善人とは言い難い人物でしたが、ここまでくるとカワイソーとしか言いようがありません。

ドラマ後半は長老とダムさんのラブラブ場面もふんだんにありますので(まじでちょっとうんざりするほど…)、イケメンと美女のラブラブを堪能したい人、気楽に見られるドラマなのでおすすめです。

『トッケビ』のときも思いましたが、韓流ドラマはとにかく映像の背景(ロケーション)が素晴らしい。こういうところも「韓流」がウケる理由の一つかな、と思いました。

2021年8月23日月曜日

映画『ダーククリスタル』やっと見た感想

 


日本初公開が1983年、ずーっと見たいな〜と思い続けて38年…38年!?

えっ、もうそんな!?Σ(゚Д゚)

アマプラで課金してやっと見ましたよ。劇場公開当時なんで見なかったかって?田舎だったからさ…。劇場でかかってなかったのさ…(´ー`)フッ

それにしてもレンタルにもなくなった大昔の映画が検索一発、家で見られるなんていい時代になりましたね。ありがとうインターネット。

映画のレビューサイトなんかでは「子供向け」「ただの人形劇」という身も蓋もない感想が散見されて課金するかどうか迷ったりしましたが、課金といっても数百円、見ずに後悔するより見て後悔しようと思って見てみましたが、見てよかったです!

お話の舞台は、3つの太陽が空に輝き、スケクシス族というハゲタカとカラスを足して2で割ったみたいな残忍な一族が支配する世界。

スケクシスには「ゲルフリン族がスケクシスを滅ぼす」という予言があって、その予言のせいでゲルフリンは過去(映像から推測するに10年くらい前)にスケクシスによって皆殺しの憂き目に遭いますが、ミスティック族によって命を救われたゲルフリンのジェンという少年が、自分を育ててくれたミスティックの長老の遺言に従い、世界を救うために旅立つ…というお話です。

ストーリーの色々ツッコミどこ:

ミスティックの長老は「オウグラが持っているダーククリスタルのかけらで世界を救うのだ〜」とだけ言って死ぬ。(えっ、もっと具体的に言ってあげて?)

ダーククリスタルのかけらを持っているせいで居場所がバレてしまい、キーラ(原作小説ではキアラ)の育った村を焼かれてしまったジェンは「もういやだ!」と言ってクリスタルのかけらを投げ捨てるが、迷い込んだゲルフリンの遺跡であっさりかけらが見つかる。(まあ映画には尺ってものがあるからね)

クリスタルのかけらをどう使えばいいのか、ジェンはわりとギリギリまで気づかない。(ストーリー知ってるとイライラさせられる)

などなど。

しかし!この映画のキモは、どっちかというと、話よりも映像!

アマプラなどに上がっているのはHDリマスター版なので、公開当時よりきれいな映像で鑑賞できてある意味ラッキーかも。

1980年代、すでにこんなすごいアニマトロニクス技術があったのかー!Σ(゚Д゚)と、私が感嘆したポイント:

★どのキャラクターも動きがとてもなめらか。

★ロケハン+人間のスタントによる映像と、スタジオ+人形による映像との切り替えに違和感があまりない。

★背景が書き割りではない。遺跡、宮殿、キーラが育ったポドリング族の村、オウグラの家、すべて細部までデザインされ、立体化して撮影されている。すごい。

★架空の自然風景が素晴らしい。劇中に出てくるあらゆる生物のデザインに魂がこもっている感じ。そしてどれもちゃんと動いている!まさに「神は細部に宿る」。

私は公開当時、見に行けないので原作小説を読んだ(実は今も手元にあります)ので、ストーリーは知っていましたが、あんなに映像が素晴らしいとは、思っても見ませんでした。

いや〜、まさに百聞は一見にしかず。痛感いたしました。レンタル期間が切れる前に、もう一度見たいと思います!


ところで、このブログを書く前にダーククリスタルで検索をかけてみたら、ななんと、2019年にリメイクされて、ネトフリで独占配信されてたんですね!

https://www.youtube.com/watch?v=NiRiu1TFp8Q

めっちゃ見てみたい(・ω・)

2020年12月13日日曜日

amazon prime体験中

いや〜めっきり日の落ちるのが早くなりましたね。
日に日に寒くなり、新型コロナのこともあって家にいる時間が増えた…というわけでもないのですが、ふと思い立ってアマゾンプライムの無料体験中です。
理由はまあいろいろあって、

☆本読み放題

☆ドラマ・映画見放題

☆音楽聴き放題

☆容量無制限の写真バックアップサービス

☆プライムゲーミング

☆注文した荷物が早く届く、買い物割引、試着してから支払いでOK

…などなど、試してみたいと思ったから。

実はサブスク初心者😂

まだ開始から2週間くらいですが、ちょっと使ってみた感想など。
読者諸氏のご参考ともなれば幸いです。

☆本読み放題

これは正直、期待はずれ。
使いづらいし、無料で読めるものはめっちゃ少ないです…
キンドルアプリから入ってもブラウザから入っても、「プライムリーディング」という画面に入らないとプライム会員が無料で読める本の一覧にたどりつけません。

そして、Kindle unlimitedに比べると読める冊数は圧倒的に少ないです。

「読み放題」という言葉に期待して入会するとがっかりします。
悪い見方をすれば、unlimitedへの誘導用サービスって感じ。

☆ドラマ・映画見放題

これは看板に偽りなし!会員登録だけで見られるコンテンツはかなり多いです。
とくにアマゾンプライム独占配信のドラマで見たいものがある人にはハマるサービスかと。
私は三谷幸喜監督の「誰かが見ている」を見てみたかったのでめっちゃ満足!
ユニバーサル・ピクチャーズ配信の映画が見放題なのも嬉しい!
この年末は怪盗グルーやミニオンのシリーズを見て過ごします❤

逆に、ディズニー配信の映画・ドラマで無料で見られる作品はかなり少ないですが、これはディズニーが自社で映像配信サービス運営しているからと思われます。

☆音楽聴き放題

これもまあまあ看板に偽りなしかな…。
曲目数がYoutubeMusicに負けてるのはまあしょーがないとしても、よほどの音楽マニアでなければ満足できるレベルだと思います。
私は毎日風呂場に防水Blutoothスピーカーを持ち込んで入浴しながら打首とか聴くんですが、おすすめに同じようなジャンルのアーティストがいろいろ出てくるので、なんだか音楽生活が豊かになって楽しいです。

しかし、アプリを立ち上げるたびにmusic unlimitedの勧誘画面が出るのがちょっとウザいんだよね…。正直、どうにかしてほしい☹️

☆容量無制限の写真バックアップサービス

すみません、使ってません😂
容量に制限は設けられたものの、今のとこまだグーグルフォトで事足りてるんで。

☆プライムゲーミング

20代の頃なら使ったかもですが、今はもうゲームしないからなぁ〜…😂
それに、アプリがWindows専用しかないのも不便。
これ、プライム会員でも使ってない人多いんじゃないかな。

☆注文した荷物が早く届く、買い物割引、試着してから支払いでOK

すみません、プライムお急ぎ便、全く使ってません😂
だってそんなに急ぐ荷物ってないんだもん😂

割引とかポイント加算については、「そんなのあったっけ?」って感じ。よく見るとクーポンが色々配布されているみたいですが…。
頻繁にアマゾンの通販を利用する人ならメリットありそう。

試着後後払い(prime wardrobe)も今のところ使ってませんね〜。
でも、服や靴は画面で見るのと実際に届いた物とで微妙なサイズや色味が違ったりすることもありうるので、いいサービス👍だなとは思います。
そのうち使うことあるかもね。


…てな感じで、そもそもアマゾンだけじゃなくてネット通販そのものをあまり使わない私でも、月額500円ならもとが取れそうなサービスいっぱいだな〜と思いました。

今のところ、無料のお試し期間が終わっても、1年くらい続けてみよっかな?と考えています。
なにしろ、今は新型コロナのことがありますから、混雑するデパートやスーパーにはちょっと行きづらいですしね〜。

私はアマゾンCEOのジェフ・ベゾスが嫌いなので、アマゾンを儲けさせるのは業腹ではありますが😑
似たようなサービスを提供してくれる国産のプラットフォームがぜひできてほしい。楽天あたりが始めてくれないかなぁ。

2020年8月22日土曜日

(ほぼ日本人作家だけど)【世界SF作家会議】見てみた


Youtubeのおすすめに上がってきたので見てみました。

いとうせいこうさんの司会がうまくて、SFマニアじゃない人にもわかりやすくなってますが、逆にもっとマニアックな話を聞けると思ってたリスナーさんは肩透かし感あるかも…私もその一人ですが。

#8の「アフタートーク」でいとうさんの「新井さんどうしようかなと思った」というセリフに失礼ながら笑いました。

いとうさんがどういう意味でそうおっしゃったのかはわかりませんが、私は個人的には新井素子氏はSF作家というよりは、設定がSFっぽい「恋愛作家」だと思っているので、出演者の中に彼女の名前を見たときにちょっと、というかかなり

「大丈夫なのかこれ」

って思ったし。

結果的には、新井氏の存在がこの会議を一般人にもわかりやすくする要因の一つとなったわけで、まあ結果オーライってとこですかね。

「アフターコロナなんてない」という予想については、私も新井氏に激しく同意ですし。

「アフターコロナ」といえる時代が来るとすれば、数十年後、インフルエンザにおけるタミフルのような特効薬が開発されたときかな、と私は考えますね。

ワクチンが開発されて、治験もパス、国の認可もおりて、今マスコミが騒いでますが、研究機関の発表などを見ていると、新型コロナウイルスはインフルよりも圧倒的短期間(2、3ヶ月くらい)で変異するらしいし、しかも季節性ではまったくない。おまけに体内に抗体ができても、その抗体はわりとすぐに消えてしまうそうなんですよ。

(新型ウイルスのこの辺の特徴についても、個人的には同会議で作家の皆さんにつっこんでほしかったですね〜。
「こんな設定、編集からOK出るわけないでしょ!」
って笑
まさに事実は小説より奇なり!)

だとすれば、今開発されたワクチンが、果たして変異し続ける新型コロナウイルスにどれくらい対応できるのか?も未知数だし、人体内で抗体となって働いてくれる期間も未知数だし、結局、インフルのワクチンと同じで、

「接種したからって油断は禁物」

ってことになりそうだなぁ〜と、私なんかは思うわけです。

ワクチンの接種証明書を印籠のようにかざしつつ、夜の街でクラスター発生させまくる無症状患者とか…

出てこないとは限らないデスヨネ…

同会議は新型コロナウイルスがテーマだったんですが、私は数年前から絶賛進行中の地球温暖化についても、皆さんのお考えを伺いたかったですね。私は、今回の新型コロナウイルスのパンデミックも地球温暖化となにか関係があるのでは、と思っているので。

紫外線の増加や温暖化といった、大きな環境の変化が、我々の目には見えないミクロの世界でとてつもない異変を引き起こし、その異変が今やっと我々の目に見えるレベルにまで上がってきたのだとしたら。

だとしたら、この異変はおそらく、この新型コロナウイルスだけではおさまらない、と私は考えているのです。

別に科学的根拠があるわけではなく、妄想と言われたらそれまでなんですが。

2019年3月22日金曜日

キャプテン・マーベル見てきました

今回は(今回も、というか)ネタバレありまくりなので、映画を未見の方はご注意ください!

パンフレットの表紙がハンパなく輝いております(笑)

見に行って来ました、『キャプテン・マーベル』!
いやもう、マーベル映画に外れなしではありますが、今回も(多少のツッコミどこはあるものの)見に行ってよかったと思いました。

というか、来月『アベンジャーズ/エンド・ゲーム』を見に行く予定の方は、この映画も見ておいたほうがいいです。

とりあえず見どころを箇条書きにしてみましたよ。



①スタン・リー氏追悼モードのオープニング

②劇中の時代が1990年代という設定。フューリーもコールソンも若い。

③猫に赤ちゃん言葉で話しかけるフューリー。

④フューリーが片目を失った理由がけっこうしょーもない。

⑤主人公、バース(地球人名キャロル・ダンバース)のパワーがチート級。

⑥クリー帝国とスクラルの力関係について。「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー」で敵役だったロナンも出てます。

⑦「アベンジャーズ計画」という名前の由来。

⑧『インフィニティ・ウォー』で、フューリーが消失する直前に操作していた「ポケベル」の意味と、四次元キューブ。そして『エンド・ゲーム』へ。


①スタン・リー氏追悼モードのオープニング
マーベル映画のオープニングクレジットといえば、ご存知の通り、歴代のヒーローたちがスライド式に現れつつ、ズームアウトしてMARVELスタジオのロゴが出てくるというアレですよね。
ところが今回のオープニングでは、画面に現れるのはヒーローではなく、すべてスタン・リー氏の写真。
MARVELスタジオのロゴもスタンの顔、顔。
そして画面が暗くなったと思ったら、「Thank you, Stan」というテキストメッセージが数秒現れて、本編が始まる、という具合になっていました。
マーベル・コミック伝説の編集長にしてエグゼクティブ・プロデューサーでもあった彼へのリスペクトがハンパない感じ。

もちろん、本編でのカメオ出演もあり。スタンは電車の中で、自分がもらった端役のセリフの練習をしているという設定なのですが、何度も繰り返されるそのセリフがなんとも暗示的でした。なんて言ってたかは、本編を見てのお楽しみ、ってことで。

ところで、マーベル映画ファンの中にはスタンのカメオ出演シーンを楽しみにしている人もいると思うのですが、彼が故人となった今、次作以降はもうカメオ出演はなくなってしまうんでしょうか。それはそれで一抹の寂しさを感じますね。
それとも、合成で続けるのか…今の合成技術なら、違和感なくできてしまいますからね〜、ありえるかも?

②劇中の時代が1990年代という設定。フューリーもコールソンも若い。
劇中に出てくるパソコンがWindowsなんですが、いわゆるCRTモニターで、画素が荒くて、とにかく懐かしさ満載です。
無論、スマホなんかあるはずもなく、携帯電話すら普及しておらず、フューリーがシールド本部との連絡に使っているのは、「最新式(当時)の双方向ポケベル」。

スマホで音声通話のみならずネットもメールもできる今から見れば、もはやギャグでしかありません…。

それにしても、二人とも若い!フューリーはアイパッチがない上、髪もあるし。私は最初、誰だかわかりませんでした(笑)
パンフレットのインタビューの中で、コールソン役のクラーク・グレッグが
「たぶん、何兆ドルもかけて僕を若返らせてくれてるんだと思うよ」
と言ってますが、顔のシワを消すくらい、今のレタッチ技術ならもっと安くでできるんじゃないかなぁ。

③猫に赤ちゃん言葉で話しかけるフューリー。
これも笑いどこですね。
バースの記憶を探るために侵入した空軍基地で「GOOSE(お馬鹿さん)」というネームプレートをつけた猫をフューリーが見つけるんですが、話しかける言葉が
「可愛いでちゅね〜」
という赤ちゃん言葉。
重厚を絵に描いたようなあのシールド長官ニック・フューリーにもこんな時代があったんだなぁという、ほのぼのエピソードです。

ちなみに、このグースという猫ですが、実は「フラーケン」という怪物です。

あと、マリアの家でバース=キャロルと食後の後片付けをしながらマー・ベル(クリー人で地球人名はウェンディ・ローソン。四次元キューブを使ったライトスピードエンジンを開発、クリー帝国に追われるスクラル人を密かに助ける計画を立てていたが、クリーに殺された)の話をしていたとき、
「マーベル(正確にはマーヴェレッツ)っていう歌手もいるぞ」
と言って、いきなり「Please Mr. Postman」を歌いながら踊りだして思い切りスベったりもしていますよ。

④フューリーが片目を失った理由がけっこうしょーもない。
シールド内では「四次元キューブをクリーから守ろうとして失った」というのが定説となっているようですが、実はグース(フラーケン)に引っ搔かれた傷が原因。
見た目は猫でも正体は怪物なので、地球上には存在しない菌とか毒とかを爪に持っていたのでしょう…医者に行っている暇もなかったし。いや、医者に行っても治ってたかどうか疑わしいですが。

ストーリーの後半でフューリーのところに大量の義眼が届きますが、彼がアイパッチのままでいることを選んだのはなぜなんでしょうね?
俗な言い方ですが、「箔がつく」から?

⑤主人公、バース(地球人名キャロル・ダンバース)のパワーがチート級。
バース=キャロルのフォトンブラストの威力は、おそらくマーベルヒーローの中で一二を争うでしょう。匹敵するのはソーくらいじゃないかな?ま、あの人も人間じゃないし。神だし。

原作の設定では三人兄妹の末っ子だそうで、劇中でも父親や兄、同級生の男子などと張り合っては失敗して「お前には無理だ」と言われる場面が、彼女の記憶として何度か出てきます。
そして映画のラストのほうでは、元上司で武術の師でもあるヨン・ロッグに
「この戦争は私が終わらせる」
と言い放って、またしても
「お前には無理だ」
というお決まりのセリフを言われるんですが、彼女は何も言わずに不敵に笑って、負傷している彼を乗せたポッドの発射スイッチを入れ、惑星ハラに送り返します。
そう、彼女は頑ななまでに不屈の精神の持ち主。
しかし、「無理だ」と言われて諦めていては、何も変わらない。何事も抗い、やってみなくちゃわからない。
バース=キャロルというキャラクターには、そんなメッセージがこめられているのだなぁと感じました。

⑥クリー帝国とスクラルの力関係について。「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー」で敵役だったロナンも出てます。
初手はとにかくスクラルが悪役で、
「見た目よろしくないほうが悪役か。ベタだなぁ。でも、クリーを支配してるシュプリーム・インテリジェンスも、なんかうさんくさ〜」
と思って見ていたんですが、物語が進むに連れ、戦争難民として宇宙を放浪する哀れなスクラル人と、彼らを追い詰める強大なクリー帝国という図式が見えてきて、善悪が逆転。
ロナンがクリー側として出てきた辺りで、もう決定ですよ。
うーん、でもこういうことって、現実でも起きそう…と、ちょっと考えさせられました。

それはさておき、死んだスクラル人を解剖している検屍官が「この身体は地球上に存在しない物質でできてる」というようなことを言っている場面があるんですが、個人的には

「地球上に存在しない物質でできてる=炭素系生物じゃない のに、なんで地球人類と同じヒューマノイド型なんだよ!!違う元素を元にしてるんなら、全然違う形状の生命体に進化する確率のほうが高いだろ!!」

と、心の中で盛大に突っ込ませていただきました。
ヒューマノイド型じゃないと視聴者がわかりづらい、感情移入できないというのは道理としてわかりますけど、科学的にどーしても納得いかないんですよ〜。

ロナンさんのコスも、あれってどうなんでしょうね。地球上の特定の地域の人たちから反感とか苦情とか来そうな感じですけど。

⑦「アベンジャーズ計画」という名前の由来。
これも物語後半で明らかになります。
何を隠そう、バース=キャロルが空軍時代に乗っていた飛行機の機体に書かれた名前が、
Carol "Avenger" Danvers
だったんです。

それでですね、クリーとの戦いのあと、シールド本部に戻ったフューリーが、クリーのような敵対的生命体から地球を守るため、バース=キャロルのような特殊能力を持つヒーローのチームを作る計画を考えているとき、たまたま彼女の空軍時代の写真を見て、それまで入力していた「Protectors」というのを削除、「Avengers」と入力しなおすんです。
そして流れる、あのアベンジャーズのテーマ曲。
かっこよすぎるやろ…!

⑧『インフィニティ・ウォー』で、フューリーが消失する直前に操作していた「ポケベル」の意味と、四次元キューブ。そして『エンド・ゲーム』へ。
あのとき、誰もが思ったはず。
「なんで今更ポケベル?それとも、ポケベル風の何か別のガジェット?」
と(私はポケベルとは気づきませんでした…だって、古すぎやん)。
そう、あのポケベルは、実はバース=キャロルがクリーの技術で作り変えた、宇宙のどこにいても彼女を呼び出せるという超時空通信機なんですね〜。

これはエンドクレジット後の映像になりますが、すっかり人がいなくなったシールド本部で、スティーブ、ナターシャ、サムの三人が、フューリーの残した「ポケベル」の電源を懸命に維持しているところへ、バース=キャロルが忽然と現れます。お呼びとあらば即参上…ではなかったみたいですが、宇宙の彼方から飛んできたならこんなもんか。
「ポケベル」を見たことがない彼ら三人の「あの通信機は何なんだ」的な会話がちょっとだけ笑えます。

そして、誰も行方を知らない四次元キューブ。実はグース(フラーケン)が飲み込んでまして、フューリーは
「必要なときがくれば現れる」
とかうそぶいてましたが、本当に、グースが「今こそそのとき」とばかりに吐き出します(きちゃない!)。
それも、フューリーの机の上に。
ネバネバの粘液と一緒に(うへ〜)。
もう机の持ち主はいないわけですが…いや、でも、これ絶対にエンドゲームのオチでしょう。戻ってきたフューリーが、机の上を見てグースに文句を言う、みたいな。

それはともかく、バース=キャロルに四次元キューブで、役者は揃った!って感じですね。量子論の申し子、アントマンも加わるらしいし、三次元空間に時間の概念を足したのが四次元ですから、エンドゲームはサノスによって滅ぼされない可能性宇宙を探す時空の旅となりそうな予感。エンドゲーム公開が楽しみです!

2018年11月13日火曜日

エノコログサを食べてみた

エノコログサは、いわゆる「ねこじゃらし」と呼ばれる、フッサフサな、ありふれたイネ科の野草です。
どれくらいありふれているかというと、道を歩いていてみかけない方が難しいくらい、本当にどこにでも生えています。

で、これが「食べられる」と聞いて興味が湧いたので、試してみました。
いざ、プチ人体実験!

ネットで調べてみると、エノコログサが可食だということはわりと知られているようで、試食ブログがたくさんヒットします(このブログもその仲間入りを果たすわけですがw)。

そのうちの一つに書いてあったのですが、エノコログサは、雑穀である粟(アワ)の原種だそうで、それなら人間が食べられるというのも納得がいきますね。

ただ、やはり米などと同じく生食では人の胃腸によろしくないようなので、衛生面からも加熱必須です。

調理方法は米と同じで、
①乾燥
エノコログサの穂が青い場合は、刈り取った稲穂をしばらく干すように、しばらく天日にあてて乾燥させないといけないそうですが、私は近所の公園で、ほどよく乾燥した穂を選んで5本ばかり摘んできました。トップの写真は、そのうちの一本です。

②脱穀
これは私だけなんでしょうかね~、穂の中に小さな羽虫がいたので、まずはそれを取り除くのが骨でした(穂を接写しなかったのは、虫がいたからです…)。
それから、乾燥したエノコログサの穂を指でもんで、ツブツブを採取。

粒はゴマよりも細かいので、鼻息などで飛ばさないように注意ですw

あと、エノコログサの細かい毛が一緒に取れるので、ピンセットや箸などで取り除きましょう。まあ多少残ってもOKです。

③洗浄
他のブログでは見なかったんですけども、虫がついていたことと、細かい砂埃とかついていたらいやだな~という理由から、私は洗浄を試しました。

が。

エライ目に遭いました…orz
賢明なる読者諸氏は、「濡れ手に粟」という言葉をご存知と思いますが、あれを実地で体験してしまいました。
もーう、手に小さい粒がくっつくことくっつくこと!

しかしまあどうにかこうにか、卵焼き器(小さいフライパンがこれしかなかったので)に粒を移して、いざ、加熱です。

④加熱
加熱は、弱火で5分くらいでいいと思います。
プチプチと弾ける音がして、白っぽかった粒がやや褐色になり、香ばしいかおりがしてきたらできあがりです。
こんな感じ。

さて、食感ですが、ゴマとか、ケシの実っぽい感じです。味は無味。

不味くはないですが、とりたてておいしいわけでもない…というのが率直な感想ですね。

縄文時代であれば、これも貴重な栄養源だったのかなぁとか、米もこんなふうに炒って食べていたのかなぁ、と、しばし古代の暮らしに思いをはせたのでした。

2018年10月2日火曜日

片野ゆか『犬部!』感想

帯のアオリが虚しい本に当たる確率が高い気がする今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか。

この本は、北里大学獣医学部に実在のサークル、「北里しっぽの会(正式名称:北里大学犬部愛好会)」の創設から、ある事件による活動停止、そして再開にいたるまで(おおまか2004年から2009年まで)を書いたノンフィクション本です。

動物ものっていうと、一般的にはいわゆる感動ポルノの急先鋒といいましょうか、愛と感動、涙と笑い、もうそれしかない!って感じなんですが、この本に至っては、私は読んでるあいだ、ずーっとモヤってました。

理由はいろいろあって、まず、登場人物(動物)が多く、物語のように誰か一人の視点で書かれているわけではないのと、同時多発的に起きることを無理に時系列に落とし込んで書いてあるので、
「アレッ、この話の続きは?」
とか
「で、結局どうなったの?」
と思うことがたびたびあり、すごく散漫な印象を受けたのが一つ。

次に、社会人受験で入学してきた大山氏が犬部のシステムをどう改革したのか、ということや、活動再開に当たって何がどう改善されたのか、ということがつっこんで書かれていないことも、理由の一つ。

身勝手な理由で動物を捨てたり、犬部に押し付ける飼い主たちのことは、もちろん読んでて腹が立ったんですが、そこはまあ、だれでもモヤる部分だと思うので、この際ちょっと脇においときましょう。

すでに私がモヤっときた理由を二つ書きましたが、実は、私をモヤっとさせた問題は、まだあるんです。

私を最もモヤモヤさせたもの、それはずばり、このサークルのシステム。

「ワンオペ飼育」

ともいうべき、保護動物たちの世話のやり方です。

この本によると、北里大学のキャンパスは2箇所あり、獣医学部の学生は神奈川県で初年度の一般教養過程を修了した後、2年度以降は獣医学部がある青森県までエンヤコラ大移住しないといけないんだそうで、そんな理由から、基本、獣医学部生は一人住まいということになります。

そしてですね、犬部には、引き取った動物を世話するための設備が、学内にないんです。まあ、単なる部活(それも非公認)だから、仕方ないことではあるんですが。

しかし、それってつまり、

部員が、(一人住まいの)自宅で、一人で、世話をする

ってことなんですよ。

餌代や医療費も、一部、地域の人からの寄付や、獣医さんのご厚意もあるようですが、基本、自腹です。

何も問題がない成獣(または離乳後の幼獣)の面倒を見るなら、これほど楽しいことはないでしょう。故郷を遠く離れた一人暮らしのわび住まいに、可愛い天使が舞い降りたってなもんですよ。

が。

これが、問題行動や病気を抱えた、24時間介護が必要な動物、または離乳前の幼獣だったとしたら?

たちまちワンオペ育児ならぬ、ワンオペ飼育(介護)の始まりです。地獄の門が開かれた、的なやつです。

その最たるエピソードが、第10話、11話、13話にまたがって書かれている、「ホワイト」という犬の話。

ホワイトは激しい癲癇発作のせいで一度は安楽死さえ視野に入れなければならないような状態から、犬部の一部員に過ぎない池田氏の献身的看護によって奇跡的復活を遂げるのですが、発作の後遺症か、排泄場所に無頓着になり(自分の寝床で排泄し、汚物の上でそのまま寝てしまう)、さらに、食べ物に過度に執着するという問題を抱えてしまいます。
ホワイトはその後、池田氏の飼い犬ナナが血液性のガンにかかったため、大山氏のもとへ。そこから、H氏、高橋氏、その友人の岩木氏と転々と世話係を変え、最終的に岩木氏のもとでその生を終えます。

ホワイトのような問題を抱えている犬を進んで飼おう、世話しようと思う人は希でしょう。
そういう意味では、池田氏を始めホワイトの世話に当たった方々は皆、とても奇特な、心優しい人たちだったと言えます。
しかし、彼らは学生で、24時間犬の世話ばかりというわけにはいきません。
おまけに、池田氏はインフルで高熱の最中、犬部が愛護団体から借りているシェルターまで、人手が確保できないために一人で動物たちの給餌に通った(しかも、雪道を自転車で!)ということもあったそうで、これはもはや、「ブラック部活」もビックリのレベルですよ。

私は専門家ではないし、これはあくまで推測なのですが……結果としてホワイトの死につながった、最初の激しい発作については、飼い主であったQさんが投薬を怠った、あるいは、獣医師の指示に寄らず自己判断で投薬を減らしたのではないか?と推測しています。
保険が利かない動物の医療費は高いですから、飼い犬の病気について理解が浅いまま、症状が安定しているからと勝手に薬を減らしたりやめたりということは、充分ありえることでしょう。

さて、それはともかく。

ホワイトの死後、犬部は、ムックという噛み癖のある保護犬が部外者を噛んでしまい、責任問題から無期休部に陥ります。

そこからサークル内でのミーティングを重ね、周囲からの支援もあり、2009年の4月に活動再開で、文庫版あとがきには、犬部創設者である太田氏や大山氏ら卒業生の近況なども書かれていて、めでたし、って感じで終わってるんですが、個人的には

えっ、何も問題解決してなくね?

って思いました。

ワンオペ飼育問題も、ブラック部活問題も、解決策が提示されることなく、ただ「覚悟」という精神論の問題になってて、「はあ?」でした。

第16話で、「動物の命を救いたい。でも、自分の生活も犠牲にしたくない。」という後輩たちの言葉に対して、犬部創設当初からの部員である大山氏が、それなりの覚悟がないなら愛護なんてやめろ、と不満を述べてますが、そもそも犬部ってサークル活動ですよね?
サークル活動ってそこまでしてやることですか?
学生の本分は勉強ですよね?犬猫にかまけて単位落としてたら、元も子もなくない?

確かに、命を預かっているということについては、それなりの覚悟が必要でしょう。
しかし、だからこそ、たった一人で命を預かるようなワンオペ飼育はやめ、少なくとも二人一組で動物の世話に当たるべきなんですよ。お互いがお互いの相談役やヘルプになれるように。
そして、問題を抱えている動物については、それ以上の人数で当たるべきで、学内か学校のそばにシェルターを作るのが正解だと思います。

で、そうなってくると、いわゆる学生が気楽に参加するような意味での「サークル活動」としては絶対無理なんですよ。学校側の許可の問題もあるし。
ていうか、なんで「サークル活動」にしちゃうかな~って読んでいて思いました。

ちなみに、現在の「北里しっぽの会」は、ホームページによると、「学生ボランティア団体」ということになっているようですね。
「ワンオペ飼育」が解消されたかどうかまではわかりませんが、かなり組織だった運営がなされているようで、ひとまず安心しました。

2018年9月26日水曜日

下村敦史『サハラの薔薇』感想

かなり前に読んじゃって、感想書こうかどうしようか迷ったんですが、やっぱ折角読んだので書いておきます。

あらすじなんかは、他のレビューに任せるとして、ここでは本当にネタバレありの感想だけで。すみません。

ところで今年の夏はめちゃくちゃに暑かったですね。私はちょうどその暑さの最中にこの本を読んだので、主人公達が砂漠をさまよう場面にマジ共感できました。
拙ブログをご覧の諸氏も、もしこの本を読まれる場合は来年の夏を待って、できればエアコンなしでお読みになると、登場人物たちの気持ちとシンクロできるかもしれません。
あっ、でも、ちゃんと水分はとりましょうね!健康を害してまで登場人物たちにならう必要はありませんよ。

さてさて、感想ですが、読み終わってみると、残念ながら、本の帯がなにやらちょいと煽りすぎな気もする読後感でございました。

冒頭、ミイラに突き立てられた宝飾付きナイフが物語り後半で意味を持ち始め、殺され(てミイラ化し)た人物と、主人公・峰たち一行を助けた部族、及び彼らと敵対するテロリストたちとの関係を読者に匂わせるところとか、物語全体の謎解き、原発や放射線といったタイムリーな話題も偏ることなくよく調べてあって、たいへん秀逸でよかったんですが……
なんていうのか、ベースはいいのに味付けを間違えた感が、後半へ進むほどにひしひしとわきあがってきました。

まず、主人公である峰さんがアホすぎ。
ヒロイン的位置づけのシャリファもアホすぎ。

峰さん、シャリファの気を引きたいからってよく考えずに行動するのはやめたほうがいいよ。
シャリファ、敏腕スパイなのに、どうして日本語くらい予習してこないの?てゆーか自分の母語以外わかんなーいって、スパイとしてやばくないですか?

永井さんとアフマドの人物造形は良いのにね。
とくに物語最後の方、アフマドが峰さんたちに追いついたのに撃たず、そのまま自殺行為ともとれる事故を起こして死ぬ場面。自己中で目先のカネのことしか頭にないイヤなヤツだったけど、テロリスト側についたものの、母国の未来を考えたら、峰さんたちを死なせるべきではないとどこかで気づいたんでしょうね。

それにしても、何なの下村先生、今回はハリウッド大作でも目指してみたんですか?
それにしては、アクションシーンで峰さんがほとんど役に立ってない気がするんですが…

シャリファとの恋愛模様も、ヘタレすぎて見てらんないんですけど。
最後の「ごほうびH」?ってやつですか?
あれもとってつけたみたいな感じで、もうね、読んでる方が痛々しかったです。
苦手だったら肝心な場面は書かずに、「そういうことがありました」って匂わせる程度で終わっておけば良いのに、編集さんから何か言われたんですか?

「先生、今作は謎解きだけじゃなくて、ハリウッド映画みたいな、お色気ありーのど派手なアクションありーのって感じの大作めざしてみましょうよ!」

みたいな。

謎解きとアクションはともかくとして、お色気とか恋愛は先生の作風じゃないと思うんですが。
男性読者諸氏は、こういうとってつけたような書き方でも、「うひょ~♪」ってなるんですかね?

まあともかく、次回作はごく普通の謎解きサスペンスミステリを読みたいなぁと思ったことでした。

2018年8月25日土曜日

わふーちぇ(あずき)作ってみました

スーパーで見つけました。
フルーチェの親戚(?)らしい。期間限定らしい。
期間限定。この言葉に弱い人はきっと多いはず。
これは食べてみなくては~!ということで、「あずき」「黒蜜きなこ」「抹茶」の3種類のうち、「あずき」と「黒蜜きなこ」を買いました。
(抹茶はうちの子供が苦手なので、今回は買いませんでした…)

作り方はフルーチェと同じで、パウチに入っている液体は冷やさず、100mlの冷たい牛乳と混ぜて、冷蔵庫で30分くらい冷やしたらできあがり。
久しぶりに作りましたが、相変わらず感動的なまでにカンタンです。

できあがりがこちら。
100ml入りの瓶で3個できました。写真はそのうちの1個です。

写真のように、単品だと見た目あんまりぱっとしないので、もうちょいフォトジェニックにしたい人は、パッケージ写真とか参考にしてフルーツと一緒に盛りつけるといいかもしれません。
私もせめて生クリーム盛るくらいすればよかったですね。(^_^;

さて、肝心の味ですが、甘さはしつこくなく、ほのかにあずきの香りがするあっさり味の「あずきプリン」という印象でした。

本当にあっさり味なので、甘さがもの足りない人は、さらにあずきあんをトッピングするなどするといいかも。甘い味をつけた白玉団子と合わせるのもいいと思います。
ただ、チョコレートや生クリームが好きなお子ちゃまには、あまり受けない味かもね~?

ご高齢のかたには受けそうな味だし、プリンや茶碗蒸しみたいにつるんとして食べやすいし、介護食のデザートに取り入れたら喜ばれそうだな~と思いました。

2018年5月19日土曜日

映画『アベンジャーズ/インフィニティウォー』感想

見てきました~。しかも、今回はIMAX3Dで!
大画面、立体音響、そして3D。迫力ハンパなかったです。

私の行きつけの映画館はなぜか去年くらいから3D上映がほとんどなくなった(システム上の問題かもしれません。最新映画が要求するスペックに、上映館の技術が合わなくなったのかも)ので、ちょっと遠い映画館まで足を伸ばしたのですが、いや~、その価値はありました。

さて、それでは今回もネタバレありありの感想いってみましょう。
まだ見てない人、ネタバレ嫌いな人は、読まずにとばしてくださいね!


『キャプテン・アメリカ/シビルウォー』のテーマは、「スーパーヒーローたちの出動は、彼ら自身の意思によるべきか、それとも国家機関の決定によるべきか」でしたが、今回のテーマは「人類の数を半分に減らさないと、資源や食糧が底を突き、人類そのものが全滅するとしたらどうするか」。

今回のラスボスであるサノスが選んだ答え:インフィニティ・ストーンの力で人類の半数を無差別消滅。

ストーリーの8割くらいは、インフィニティ・ストーンをめぐるサノス軍VSチームアベンジャーズ。
インフィニティ・ストーンは全部で6個あり、銀河に散らばるそれらを、サノスとその手下が集めていくわけですが、悪役ですので、もちろん力ずくです。

そしてサノスとその側近たちの強さはチート級。

物語の初手から、なんと、アスガルドの宇宙船がサノス軍に襲われ、ロキとヘイムダルがお亡くなりに。
(ロキは「マイティ・ソー/ダークワールド」で一度死んだふりして生き返ったということがありましたが、今回はマジ死亡らしいです)
ソーも瀕死の重傷を負いますが、木っ端みじんに破壊された宇宙船と一緒に宇宙空間を漂っているところを、救難信号を受信して駆けつけたガーディアンズ・オブ・ギャラクシーの面々に助けられて一命を取り留めます(さっすが神さま!)。

今回、アベンジャーズの助っ人として参戦するガーディアンズ・オブ・ギャラクシーの面々ですが、笑えるのがチビッコだったグルートがティーンエイジャーっぽくなっていて、ずーっとゲームやってるところ。
ロケットは、そんなグルートに「脳が腐るぞ」と小言を言ってて、まるで保護者。
思わずニヤニヤしてしまいました😁

さて、そんな反抗期まっただ中で、サノスの脅威にも我関せずだったグルートですが、ソーがヘラに破壊されたムジョルニアに代わる新しい武器を作るために瀕死の重傷を負うのを目の当たりにして、突如、

「お、俺もなんかしなくちゃ!」

という使命感に目覚めたらしく、新しいハンマーの持ち手にするため、自分の片腕を切り落とします。かっけー!!
(けどちょっと中2っぽい)
ちなみに新しいハンマーの名前は「ストームブレイカー」。
(やっぱちょっと中2っぽい)

なぜグルートの腕がハンマーの持ち手になりうるのか?
実は、グルートはソーの故郷、アスガルドの「聖なる木」の末裔らしいのです。
ガーディアンズ・オブ・ギャラクシーの面々とソーが出会った場面で、ソーがグルートの言葉を理解できる理由を説明するときに言ってました。

「聖なる木」というのが、生命の木ユグドラシルのことだとすれば、グルートの腕を持ち手にしたハンマーが、ムジョルニア以上の力を秘めていたとしても、不思議はないですね!

そんな感じで、新たな武器が投入されたり、新しい助っ人が現れたりと、チーム・人類側も善戦するのですが、なにしろマジでサノスとそのお仲間が強すぎて、アイアンマンやキャプテン・アメリカ、ブラックパンサー、スパイディーはまるで歯が立ちません。

ハルクは不調で変身できず、ブルースはアイアンマンのようにスーツに入って闘ってるし~。(そう、予告編にちらっと映る、太ったアイアンマンみたいなスーツの中身は、ブルースだったんです)
ブルースがハルクに変身できなくなった理由は、推測ですが、ハルクはソーと一緒にいるときにサノスの襲撃を受けて、一度サノスにこてんぱんにされてるわけで、それがトラウマになって変身できなくなったのでは?と私は思っています。
いずれにしても、変身できないなら、ブルースはただのオジサンですからね…。スーツなしのアイアンマンと同じですよね…。頭脳は超弩級なのに、残念ね~。

かろうじてサノスに立ち向かえるのは、世界最強の魔法使い、我らがドクターストレンジと、マジ神であるソー、そしてインフィニティ・ストーンの化身ともいうべきヴィジョンくらいなわけですが、チーム・サノス側の急襲に、みるみる劣勢に追い込まれていきます。

(まったくの余談ですが、ワカンダで陛下とキャップ率いるチーム・人類が、不気味な怪物の群れを連れたチーム・サノスと大乱戦になる場面、なんか見覚えがあるような、と思ったら、『ロード・オブ・ザ・リング』の第3作『王の帰還』で、ゴンドール・ローハン連合軍対オーク軍の戦いとよく似てることに気づきました。人類対非人類の戦争シーンはみんなこんな感じになる運命なのかも)

そして、6個のインフィニティ・ストーンは、あれよあれよという間にすべてサノスの手に渡るわけですが、ここで問題なのは、サノスも石を手に入れるために犠牲を払ったという点です。

惑星ヴォーミアに眠る「ソウルストーン」は、6つの石の中で唯一、「意志を持つ」とされ、自分の最も大切にしているものを捧げなければ手に入りません。

そこでサノスは、自分の最愛の娘であるガモーラを犠牲として、「泣きながら」断崖から突き落とすのです。

その愛し方はともかく、彼がガモーラを娘としてとても大事に思っていたことに間違いはなく、彼は愛を知らない、冷血で残酷なだけの殺人者ではないということが、この場面からわかります。
彼は、自分の行おうとしていることが、他の人間にも同様の悲しみをもたらすであろうこともわかっているようです。

サノスは、資源や食糧には限りがある、と言います。だから、人類の半数を消し、人類を飢えや欠乏から救うのだと。

石がすべてそろったガントレット(甲掛け、手甲)をつけた左手で、サノスが指を鳴らすと、人類の半数が灰に変わっていきます。
地球でも、太陽系外の惑星でも。アベンジャーズの仲間たちも、例外ではありません。

その瞬間、サノスは幻を見ます。
幻の中には、死んだはずのガモーラが、幼い少女の頃の姿で現れ、
「やったの?」
と尋ねます。
「ああ、やった」
とサノスが答えると、少女はほほえみ、幻は消滅。
現実にもどったサノスは、草原に腰を下ろし、上る太陽を眺めます。
新しい宇宙の夜明けを。

サノスの行為は、果たして狂人の独善なのか?
幻に現れた少女の正体は?(私はソウルストーンがガモーラの姿を借りて現れたと推測しています)
ストレンジが予言した、「アベンジャーズが勝つ方法」とは?

もう、今から続きが見たくてたまりません~!

2018年5月12日土曜日

映画『シビルウォー/キャプテン・アメリカ』感想

久しぶりに映画の感想です。『インフィニティ・ウォー』を見に行く予習として見ました。
いつも通りにネタバレありまくりですので、閲覧ご注意下さい。

ブログには書きそびれたんですが、私、実は映画『ブラック・パンサー』劇場で見まして。

なぜ感想を書かなかったかというと、単にひどい風邪引いたりして書けなかったってだけなんですけども。
あとはまあ、世界的には反アパルトヘイト運動への追い風だとか、色々言われてて、そういう見方について書くのが、病み上がりで頭がぼーっとしてる状態ではキツかったってのもあります。

ちなみに私のかなり個人的な感想を書かせていただきますと、主人公ティ・チャラ陛下よりも、対立部族であるジャバリ族のエム・バクのほうが(見た目はともかく)漢(おとこ)だねとか、全編通してガチムチ祭りだったとか、そんなしょーもないことくらいだったし。
キルモンガーの被害者感がハンパない、ってとこも加えておきましょう。

さて、『ブラック・パンサー』のエンディングスタッフロール終了後のオマケ映像(?)には、「ホワイトウルフ」と呼ばれる男がでてきたんですが、私、この時点ではまだ『シビルウォー』見てなかったので、
「えっ、これ誰?」
となってました。

映画館を出てからググって、映画『キャプテン・アメリカ/ウィンターソルジャー』に出てくるバッキー・バーンズと知った次第。

忸怩たる思いで、『ウィンターソルジャー』見ました。
私の推しメン・アイアンマン(というかトニー・スタークというかロバート・ダウニー・Jr)が出ないのでほったらかしにしてたけど、やっぱ正史は見ておくべきですね。

で、続けてこの『シビルウォー』を見たわけですが。

『ブラック・パンサー』観覧後に見ると、
「ウィーンでティ・チャカ国王が亡くなってから、ティ・チャラ王子が後を継いでブラック・パンサーになるまでが早過ぎじゃね?あと、ティ・チャラ王子、バッキーに復讐するためにチーム・アイアンマンに加わったり、キルモンガーと闘ったり、忙しすぎじゃね?」
って思っちゃいますね。
映画をよくよく見れば、整合性取れてるのかな~。いや、それにしても忙しいやろ…

あらすじなどはwikiってもらったほうが早いと思います。wikiのネタバレハンパないし。

シビルウォー見ていて正直思ったことは、

キャラが多すぎる。

この一言に尽きます。記憶が追いつかない。
『エイジ・オブ・ウルトロン』見たはずなのに、ヴィジョンもワンダも忘れてたし。
見た瞬間、「えーと、誰?」ってなったよ…orz

『アントマン』未見だったので、見ておけばよかったなーと思いました。
知らなくても楽しめるけど、ちょっとしたセリフとか、アントマンを知っていればもっと面白かったかも。

それから、ちょいネタですが、『ブラック・パンサー』ではそこそこ良い役だったエヴェレット・ロス(『シャーロック』のマーティン・フリーマンが演じているので、私の中では「ワトソン」)が、今回わりとヤな感じで、個人的にツボでしたw

ちょいネタその2。バッキーがトニーの父ハワード・スタークを殺して、その車から奪った青い液体が入った点滴袋ですが、なんか見覚えあるなぁと思ったら、あれってドラマ『エージェント・オブ・シールド』ではおなじみの、クリー人の血ですよね。
ヒドラは、このときに奪ったクリー人の血で、超人兵士ウィンターソルジャーを作ったってことか~。

今回はほんと、どちらのチームの主張が正しくて、本当に悪いのは誰なのか(まあヒドラなんだけど)、考えさせられました。
ラスボスであるはずの、ヘルムート・ジモの動機も実は悲しいものだったし。

『ブラック・パンサー』のキルモンガーにしても、マーベル映画のヴィランズは悲しい人が多くて、見終わった後、じわっときます。

マーベル映画は、ヒーロー側にも、悪役側にも、背負っている過去があって、それぞれに命がけで闘う理由がある。
ただの特撮映画じゃないんです。
チートなアイテムや設定はツッコミどころだけどね!w

2017年8月30日水曜日

「スパイダーマン・ホームカミング」見てきました!

※ご注意!※
このブログはネタバレありでお送りしておりますので、これから映画を見る人は、見てから読んでね♪
では、本文をどうぞ!

今回は写真ナシ。すみません~。
立て看か何か撮ってくればよかった…なんて思っても後の祭り。上映スクリーンが、入口入ってすぐだったもんで、つい失念してました。

さて、遅くなりましたが、スパイダーマンですよ。

スパイダーマンというと、初代スパイダーマン、アメージング・スパイダーマンときて、今回で三代目となり、正直、

「またスパイダーマン!?マーベルいい加減にしろよw」

と思っている人も多いかと思います。

てか、実は私も思ってましたw

なんで見に行ったかというと、まあぶっちゃけスパイダーマンどうでもよくて、アイアンマン(というかロバート・ダウニーJr.)が出演するからという、ヒドイ理由w

しかし!

新しいスパイダーマンは、新しかった!(意味不明w)

どう新しいかっていうと、歴代スパイダーマンの場合、まずは主人公・ピーターが遺伝子操作されたクモにかまれてスーパーパワーを手に入れ、次に育ての親のおじさんが殺されて、その犯人をつきとめるためにスーパーパワーを使い、さらに大きな事件に巻き込まれる…というのがストーリーの定石だったわけですよ。

ところが、この新シリーズは、クモにかまれて~という導入部分をすっとばし、さらにおじさんはすでに亡くなっていて、母親代わりのおばさんと二人暮らしの理系オタクピーター少年が、そのスーパーパワーと頭脳を見込まれて、アベンジャーズに(というか、スターク社長に?)スカウトされた、という設定からいきなり始まるんです。

これはね~、大英断だと思いました。
だって、ピーターがクモにかまれてスーパーパワーを手に入れたことも、両親がすでにいないことも、周知の事実でしょ?(まあ、知らない人もいるかもですが、そういう人には、ネットか何かで予習してもらうとして)

描かれ方は、演出・脚本によって多少の違いはあれど、またあの暗くて重い導入部分を見にゃならんのか~って思うと、たいていの人はうんざりすると思うんですよ。

そこを、あえてすっとばすと、どうなるか?

過去作に比べて、格段に軽く、明るい「スパイダーマン」誕生ですよ!

過去のスパイダーマンたちは、スーパーパワーを手に入れたものの、父親代わりのおじさんをその力で守り切ることができず、犯罪者に殺されるという深刻なエピソードがある(しかもその後、親友が敵になったりする)ために、どうしてもストーリーが重く、暗くなりがち。
それが、個人的にはどーもスパイダーマンのキャラにそぐわない印象だったんですよ。
だってほら、スパイダーマンて、(他のマーベルヒーローと比べると)どっちかというとお調子者で、軽口とばしながら悪い奴をやっつける、という感じでしょ?
それが、今回のスパイダーマンは、キャラの明るさとストーリーが見事にマッチングしてて、何というか、見ていてスッキリするんです(いささか軽すぎるきらいはありますがw)。

両親がいないという孤独な家庭環境ながら、優しいおばさんと親友のネッドがその穴を充分に埋めているし、スーパーパワーを使うに当たっての責任について新米ヒーローにお説教する役にいたっては、先輩ヒーローアイアンマンとなり、すごーく説得力を増した感じ。

アベンジャーズにスカウトされてはしゃぐお子ちゃまピーターくんが、ダサイ失敗を重ねつつ、おばさんやネッド、それにときどきアイアンマンwに助けられて、ヒーローとしての自覚を持つようになるというストーリー展開になっていて、しかもヒーローとしての活動(?)と、等身大の高校生としての生活が交互に描かれるので、親近感ハンパない。

思えば、スパイダーマンって、マーベルヒーローの中ではわりとダサイ部類ですよね?

全身タイツ野郎だし。
アイアンマンみたいに全身鋼鉄に包まれているわけでもなきゃ、ソーみたいに筋骨隆々でもなく、なんかほんとに「生身で戦ってます」って感じだし。
おまけに中身はヒョロっとした理系オタクだし。

過去のスパイダーマンたちは、敵と孤独に戦ううちに、そういうマイナスイメージが払拭されて、クールなスーパーヒーローになっていくんですが、今回のスパイダーマンは、実はとことんダサイですw

以下、劇中の主なダサダサエピソード。

路地裏のゴミ置き場でパンいちでスパイダースーツに着替える。
しかも、荷物を全部おきっぱにしたために回収され、スーツのまま帰宅を余儀なくされるw(そしてネッドに正体がバレるw)。

高い建物がないと、ウェブシューターが使えないので、移動手段が徒歩しかない。

爆発的な破壊能力はないので、どこかに閉じ込められたら出られない。

エレベーターに閉じ込められた友達を助けた後、華麗に立ち去るのではなく、自分だけ下まで落ちる。

犯罪を防ぐつもりが、大事件に発展してしまい、アイアンマンにスパイダースーツを取り上げられ、変なTシャツwで帰される。

しかし。しかし、ですよ。

前述の通り、親近感ハンパないので、数々の超絶ダッセェエピソードにもかかわらず、思わず「頑張れ!」って応援したくなるんですよ!

あ、ちなみに、スパイダースーツは、トニー・スターク謹製の逸品です。これも、理に適ってますよね。いくら成績優秀な理系男子でも、いち高校生の財力でスーパースーツを手作りするのは無理がある。

そしてもう一つ、新スパイダーマンの大きな特徴は、「殺さないこと」。

過去のスパイダーマンは、敵がありえないようなフリークスだったんで、殺すつもりはなくても勢い余って相手が死んじゃったりして、それがまた物語の暗さに拍車をかけてたんですが、今回のスパイダーマンの敵は、「普通の人」。

チタウリの技術を盗んで作ったハイテク兵器を売って稼いでる武器密売人たちのボスは、たしかに犯罪者ではあるけれど、家に帰れば家族思いのマイホーム・パパ。
なぜ彼が武器の密売に手を染めたかと言えば、彼の本業は瓦礫などの撤去作業で、ニューヨーク市から、アベンジャーズとチタウリの戦闘の後始末を請け負っていたのですが、その大口の仕事を、スターク社が立ち上げた「ダメージコントロール」に奪われ、家族を路頭に迷わせないため犯罪者になった、という設定なのです。

チタウリの技術が危険すぎるにもかかわらず、一般の業者に回収を依頼した市役所の判断がそもそもの間違いなのですが、スターク社が「異星人から地球を守るため」という大義名分のもと、チタウリの技術を使ってハイパー兵器を造り儲けているのも事実。
そして、スパイダーマンのハイテクスーツは、そのスターク社が作ったという皮肉…。

物語終盤、ピーターは自分が追っていた武器密売人のボス(バルチャー)が、あこがれの女の子・リズの父親と知り、また、スターク社がどうやって利益を得ているか、そして彼がなぜ密売に手を染めたのかを知り、ある大きな決断をします。

その決断とは…?
それは、映画を見てのお楽しみ、ってことで。

エンドロールアニメのあと、刑務所に入れられたバルチャーの言葉から、彼が彼なりにピーター(スパイダーマン)を気に入ったらしいことがわかります。

そして、その後さらにエンドロールが続き、最後の最後にキャプテン・アメリカからありがたーいご訓示がありますので、皆さん、席を立たずに拝聴しましょう!w

それにしても、なんでスパイダーマンの本名は「ピーター・パーカー」っていうバカっぽい名前なんでしょうね?まあそう決まっているから仕方ないっちゃ仕方ないんですけど。
いつもなんかこう、いたたまれない気分になるんですよ。

個人的にお気に入りの場面は、いつもピーターをいじめてるフラッシュの(パパの)車が
ベッコベコに「クラッシュ」wするところと、ネッドがピーターをバックアップするために校内のコンピュータを使っているところを、先生に
「パーティー(校内はホームカミングパーティーで盛り上がり中w)にも出ずに、何してるの?」
ととがめられたとき、本当のことを言わず、
「エ…エロ動画見てました」
と言うところ(笑)

ネッド、君こそ漢だ!(まあ、本当のことを言ったところで、先生は信じてくれなかったと思うけどね…)

そんなわけで、笑ったりハラハラしたり考えさせられたりと、見どころ満載の映画でした。再来年には2が公開されるらしいですよ。楽しみ~♪

2017年6月23日金曜日

澤田瞳子『若冲』感想

ちょっと今さらですが、読みました~。
というわけで、いつものようにネタバレありまくり感想です。


タイトルまんまですが、江戸時代中期に実在した画家、伊藤若冲を主人公にした「時代小説」です。「歴史小説」じゃないですよ。

歴史的な出来事は作中でも史実通りですが、「時代小説」なので、登場人物は実在・架空が混在しています。
この物語の語り手である「志乃」からして、架空キャラですし。

実在の人物であっても、いわゆるキャラ立ちが作者オリジナルだったりします。

若冲は、史実では女性に興味を示さず、生涯独身だったそうですが、この小説では、結婚して2年後に縊死した「三輪」という妻がいた、という設定になっておりまして、この妻女の死をぐちぐちぐちぐちと、まあ実に死ぬ直前まで悔やみ続け、その結果として生まれたのが、今も世に残る数々の名画だったのだ!という、まあ有り体に言えばそんなお話です。

しかし、それだけでは若冲がただの暗い人になっちゃうので、彼の罪の意識により説得力を持たせるため、三輪の弟・弁蔵が、姉を死なせた若冲憎さに贋作者「市川君圭」となって、復讐のためにひたすら若冲の贋作を描いたという設定になってます。

安っぽい贋作を描き散らして売り、若冲の作品や彼の絵に対するプライドを嘲笑し踏みにじることで、復讐としたわけですな。

市川君圭という贋作者は実在したようです。
この作品で書かれているほど「執拗に」若冲の作品ばかりを狙ったかどうかはさだかではありませんが。
(もし仮に、若冲の贋作が多かったとしても、当時人気の絵だったから、という気がします)

さてさて、この弁蔵さんがまた、若冲と同じくらい思い込みが激しくてうっとうしくて、読んでて何回か「うえ~~~」ってなりました(^_^;
でもまあ、あれくらいじゃないと、作品の終盤までずーっと続く若冲さんの「贖罪」にも説得力が生まれないしな。

物語は、実家が裕福(若冲の生家は、錦市場の青物問屋)なおかげで絵の具代に事欠くこともなく絵に没入できる若冲と、若冲に復讐するために文字通りすべてを捨てて貧しい贋作者となった弁蔵との対比を軸に、円山応挙や与謝蕪村、池大雅、谷文晁ら絵師との交流のほか、『宝暦事件』、錦高倉市場の閉鎖危機、天明の大火といった歴史的な出来事を踏まえて展開。
ラストは大団円ではありませんが、物語の終盤、ずっと対立し続けた若冲と弁蔵が、若冲が弁蔵の贋作(という設定の作品)を自分が描いたと言い、また、若冲の死後、弁蔵が安価で売り飛ばされようとしていた若冲の作品を有り金はたいて買い取ろうとするという、この二つの場面によって、二人が実はうすうす互いの絵を認め合っていたことを匂わせ、どちらが欠けても「伊藤若冲」という絵師は存在し得なかっただろう、という終わり方になっています。

で、全体を通した感想。

「笑いがない」。

ごく一部、朗らかな人物も登場しますが、笑える場面はなく、ずーっと深刻な感じ。

笑いあり涙ありの人情時代劇を読みたい人は、他を当たってネ!みたいな。続けて読んでいると眉間にシワが寄るので、私は休みながら読みましたw

作者氏が京都の人なので、作中の京言葉は大変正確。というか、正確すぎてちょっと理解できない人が出てきそうなレベル。

作中では、若冲の作品が「華やかだがどことなく陰気くさい」だの「見る者の目を意識しない独りよがり」だのとさんざんな表現をされていましたが、まあこれも「この作品ではそういう設定」ってことかな~、と。

たしかに、当時の絵としては珍しく写実的ですが、陰気くさいかというとそんな感じはしないし、独りよがりどころか、見る人の目を意識しまくってる絵だし。
興味のあるかたは、ぐぐってみて下され。
「伊藤若冲」で画像検索すると、いっぱいヒットすると思いますよ。

最後に、この作品に☆をつけるとしたら、まあ私なら三つくらいでしょうか。
歴史小説として読むには架空の人物や設定が多すぎるし、江戸時代を舞台にした時代小説として読むには、話が辛気くさすぎる。笑えるわけでもないし、さほど泣けるわけでもないし。
国内外で大人気の「伊藤若冲」が主人公でなければ、私は手にも取らなかったと思います。

2017年2月26日日曜日

映画『ドクターストレンジ』感想


もう3週間くらい前のことになるんですが、(書くのが遅くてすみません!)マーベル映画に新ヒーロー登場、しかも主演は「シャーロック」のベネディクト・カンバーバッチ様!これは見に行かねば~ってことで、見て来ました!

てなわけで、ここから下は、ネタバレありありの感想です。



ストーリーは、おおざっぱに言うと、傲岸不遜な天才的外科医(よく似た人が日本の某マンガにもいたようなw)ストレンジが、交通事故で使えなくなった自分の手を治療するため、はるかチベットまで足を運び、「ドクター・ストレンジ」として超常的な能力を手に入れ、ついでに(?)世界まで救っちゃうぜ、というような感じです。

今までのマーベルヒーローたちは、SF世界の住人らしく、わりと科学的根拠にのっとってやってきたので、カルトに入信して超能力(魔法?)とか身につけちゃうドクター・ストレンジは、そういう意味ではちょっと毛色が違うなーという印象を受けました。

(ソーも超能力者じゃん、というご意見もありそうですが、あの人はほら、宇宙人だから。地球人じゃないから)

しかしながら、主人公が何らかの精神的挫折(友人の裏切り、肉親の死、などなど)を味わい、そこから人生の術を学び、愛と善の何たるかを知り、悪に勝利する、というマーベルヒーローの王道は健在ですので、ご安心を。

映画の見所としては、ストレンジの師であるエンシェント・ワンが、自分のために(というか、ひいては世界のためなんだけど)こっそり闇の力を利用していたり、そのことを知った兄弟子モルドが、その潔癖さゆえに、師の後を継いだストレンジと敵対するようになってしまったりという複雑な人間関係もさることながら、最初は自分の外科医としてのキャリアとプライドを取り戻すため、手の治療に文字通り東奔西走していたストレンジが、恋人クリスティーンに去られ、すべてを失って、己をもう一度見つめ直していく過程、でしょうか。

私が最も印象に残った場面は、カマー・タージに入門するために訪れたチベットで、暴漢に腕時計を奪われそうになったストレンジが、
「もうこれしかないんだ。最後の一つなんだ。ほかは全部、売ってしまって…」
と、必死に腕時計を守ろうとする場面です。

実は外科医だったとき、彼は腕時計コレクターで、引き出しの中に高級腕時計をいくつも持っている、という場面が交通事故前にさりげなく挿入されていて、鑑賞者は、
「ああ、あのコレクションの最後の一個か」
と思ってしまうんですが、あにはからんや、あとでその腕時計は、実はクリスティーンからの贈り物だったと映像でわかり、見ている方がほろりとなる、というしかけなんです。
ニクイね!

他にも、カマー・タージにはwifiが通じていて、そのパスワードが「Shambhala(シャンバラ。チベットの地底にあるといわれる、理想郷アガルタの都)」だとか、ニューヨークの街並みに、スターク・タワーwがちらっと映り込んでいたりとか、いろいろニヤッとさせられますよ。

そしてそして、マーベルシリーズ全編に登場する「インフィニティ・ストーン」!もちろん、この映画にも出てきます。
どこで?どうやって?かは、見てからのお楽しみw(ネタバレしないんかい!)

街が生き物のようにゆがんだり波打ったり、床の模様が動き出したり、とにかくド派手な3D映像で、劇場まで足を運んでホント良かった~!と思わせてくれる映画でした♪

エジプト旅行2026⑥~カイロ歴史地区観光!そして帰国

カイロ歴史地区観光 エジプト滞在最終日 です~! 本日のお土産屋さんタスク😂はカルトゥーシュのお店だったんですが、ガイドさんによると 「オーナーが寝坊したので11時過ぎないと開かない」 というホントかウソかわからない理由で後回しになりました😂 この日の行き先は旧カイロ地区。 ...