2022年1月10日月曜日

田島列島『水は海に向かって流れる』感想


 

皆様、あけましておめでとうございます。お久しぶりの更新です。

最近は漫画もラノベも、ちょっとおもしろいと10何巻とか続くのが常識みたいになってて、途中から参戦するのは個人的に精神的ハードルが高いこのごろ、皆様いかがお過ごしでしょうか。

この漫画はTwitterのタイムラインでおすすめツイートがめっちゃ流れてくるので買ってみました。全3巻。懐に優しい。

そして中身はというと、大変よかったので感想。安定のネタバレありなので、ネタバレ嫌いな人は読まないでね。

↓☆キケン☆ここからネタバレあり

●ストーリーは有り体にいうと

「W不倫した男の息子(15)と女の娘(26)がひょんなことで出会って恋に落ちる」

という、昼メロか?という話なわけですが、年齢差ゆえに考慮されているのか、全体にドロドロ部分は少なく、ふわっとした絵柄と作者氏の卓越したギャグセンスのおかげで、びっくりするくらいサラッと読めます。

絶妙なタイミングで繰り出されるジブリアニメのパロとか、某超有名漫画の名台詞などなど…。キミはどれくらい元ネタを知ってるかな?

物語冒頭で主人公・直達くんが拾う猫の「ムーちゃん(ミスター・ムーンライト)」も場面の緊張をほぐす癒やしになってます。猫大事。

最終巻あたりにはド修羅場とも言える場面もあるにはありますが、笑いに紛らせて最後まで突き詰めない場面転換で、読者の中には「それでいいんかい!」と中ぶらりんな気持ちになる人もいるかも。

でも、自分たちが「傷ついた子供」だからこそ、無垢なものを無垢なままに置いておきたいという榊さんと直達くんの優しさがわかる場面だなぁと私は思いました。

●W不倫の理由は不明

主人公・直達くんの父(熊沢父)と榊さんの母(榊母)の二人が不倫した経緯については、実は作中での説明はほぼ皆無です。たった1年で破局した理由についても、作中で熊沢父の「わがままを言ったら捨てられる」という台詞でほのめかされているのみ。

読者としては、「駆け落ちまでしてるんだから、なんか特殊な事情とかあるはずでは?」と説明を期待して読んでしまうのですが、二人がもともと築いていた家庭も、ごくごく一般的な「幸福な」家庭として描かれています。

でも、描かれないことで逆に、「特筆するほどでもない平凡な出会い」が、互いに既婚者であったがために「何の問題もなかった家庭を破壊させてしまう」という、恋愛に振り回される恐ろしさを際立たせていると思いました。

ここからは作品を読んだ上での私の推測ですが。

榊母は榊さんが言う通り「頭のいい人」で、プライドが高い人っぽい。榊さんの回想シーンでは榊母は一度も娘に謝ってない。むしろ「あなたも好きな人ができたらわかる」なんて、開き直っているようにすら見えます(じゃあダンナとの仲は冷めきってたんだネ…ってことになりますよね)。

一方、熊沢父は自分で自分を「ポンコツ」と言い、自分の妻に怒られたときも「もういいっ死ぬっ」と拗ねたりと子供っぽい。それ、不倫相手にもやったんだとしたら、そりゃ秒で捨てられるやろ…。

榊さんにも不倫のことを息子にバラしてないか念押しするし、あとさー、「もうヘンな下心とかない」という台詞。

さらっと!さらっと言ってるけど!それって逆に「下心あったときもある」ってことデスヨネ!?

言葉には気をつけようよ、熊沢父…。マジでBKなんだな…。

出来心で浮気して、盛り上がって駆け落ちしたものの、捨てられて一人になった熊沢父は孤独に耐えきれず、恥をしのんで元の家庭に(受け入れた奥さんの度量の広さよ…)、というところでしょうか。

直達くんの母方の実家に顔を出さないのは、嫁さんの両親から「二度とうちの敷居をまたぐな」とかなんとか言われたんでしょうな。当然の報い。

(私の素朴な疑問。「駆け落ち中、仕事どうしてたん?無職??」

しかしながら、榊母の行方を探すことで自分を「少しでもちゃんとした人間だと思いたい」とつぶやき、嫁さんが(間接的に)自分のせいで頭に怪我をして入院する羽目になったことで涙をこぼす熊沢父は、なんとなく憎めないんですよね〜。まあBKなんだけどな。

●榊母と榊さんの葛藤

熊沢父を捨てたあとの榊母は、娘から色キチと罵倒された一件もあり、自分のプライドもありで、おそらく一人で行きていく決意を固めていたのでしょうが、幼い娘を持つシングルファーザーと知り合って、元の家と同じ家族構成の家庭を築きます。運命の皮肉、ってやつですね。

他人の家庭を壊した罪悪感に苦しみながらも、新しい家庭で幸せ太り中の榊母。

ホンマに悪いと思ってる…?自分が娘やダンナに対してやったことについてはさほど後悔していないっぽくない?

榊さんから「この子の家庭をめちゃめちゃにしておいて」と言われて、直達くんに対しては「ごめんなさい」と言っている(あとでファミレスで出くわしたときにも、深々と謝罪。しかもけっこうな金額を直達くんに渡してる)のに、榊さんの

「怒らないのは許してるのと同じよ」

という台詞に対しては、

「千紗はこの先もずっとそうやって怒って生きてくの?お母さんは千紗に幸せになってほしい」

という言葉を返している。つまり、「怒らず許すことがあなたの幸せに通じるのよ」って意味デスヨネ〜?ずるくない?

説得してるつもりなんだろうけど、相手はもう子供じゃないので当然通じない。で、許してもらえないとなると

「あんたまともじゃないわよ」

と、逆ギレ。決裂決定。

しかもこの直後、榊母の今の娘(今カノ的な)が登場。たった一コマですが、榊母の愛情の対象がもはや完全に新しい家族に遷ってしまったこと(同時に榊さんや榊父の愛情を、彼女がもはや必要としていないこと)を印象付ける、重要な場面です。

W不倫と駆け落ちまでして周囲の人間を傷つけまくった挙げ句、榊母は愛情に満ちて、幸せそうな家庭を手に入れたわけですが、読者から見ると、「それって元の家庭とどう違うの?」という疑問が湧いてきます。そこに愛がなかったわけではなかろうに…と。

榊父が妻の出奔に驚いたり怒ったりせず淡々と受け入れて、ただ娘(榊さん)のことを「可哀想だった」と案じているのが、何とも切ない。

●直達くんのカツアゲと榊さんの怒り

カツアゲというと人聞きが悪いですが、要するにお金って万人にとって「価値のあるもの」の共通項だから、相手に「身銭を切らせる」ことでこちらも自分の気持を「区切る」ことができるんですよね。形のあるものとないものという違いはありますが、ある意味、「痛み」を分かち合ってイーブンな関係になる。

やり場のない怒りとか名付けようのないもやもやした気持ちをお金という形で解消するのは、ストレスコントロールにはいいやり方かもしれません。ちょっとドライかもとは思いますが。

でも、榊さんは不器用で、そういうことでは解消ができない人なんでしょう。それと、榊母の

「好きな人ができたらわかる」

という台詞も呪縛になってますしね。

あ〜、個人的にホンマとことん好きになれんわ、榊母。それはさ〜、子供が大きくなって恋愛したときに実体験として理解してくれればいい話で、不倫してるアンタが言うたらアカンやつ第一位ですから!

対して、熊沢母の懐の深さよ。ダンナが元不倫相手の連絡先を探してるって知ったときは逆上したみたいだし、息子から「大丈夫なの?」と言われて「わからん!」と返してますが、それでもダンナを追い出すでもなく、「UZEEE」と言いながらも一緒に暮らしている辺り、感服です。これも一つの愛の形、なのでしょうか。まあ今あるものを壊すのって、それなりにエネルギーが必要だしね。

ところで、個人的におもしろいな〜と思ったのは、熊沢父から巻き上げた(笑)金で直達くんが買ったのが「卵」ということと、彼が榊さんと二人で何度か(おそらくその卵で作った)ゆで「卵」を食べていること。

卵って、死と再生復活の象徴です。つまり、同じ傷を負う二人がそれを癒やし、乗り越えていくことが、卵によって予言されているのでは?と思いました。

●様々な恋愛の形

「不倫は文化だ」とか放言したバカヤロ様もいましたが、不倫は最も虚しい恋愛の形の一つと私は思いますね。周囲の人間関係をぶち壊すし、他人の恨みは買うし。

ただまあ、普通に恋愛してても誰かを我知らず傷つけていたということはあるでしょう。泉谷妹みたいな感じで。しかしながら、彼女の場合はなにせ入学して立て続けに3人から告られたという超絶美少女ですから、この先まだまだ幸せのチャンスは訪れるはず!

とりあえずは、榊さんと直達くんという10歳差カップルが、幸せになったらいいなと思ったことでした。結婚式とか挙げないだろうけど。だって榊父は自分の奥さんを寝取った張本人とご対面することになるし。めっちゃ気まずいヨネ…。

0 件のコメント:

コメントを投稿

紅蓮の禁呪152話「竜と龍・九」

 玄蔵は抗弁した。 「しかし黄根さん、魂縒のあとには昏睡があります。第一、今の紅子の身体は普通の状態じゃ……」  ところが、当の紅子はいつの間にかすっくと立ち上がっている。 「紅子?大丈夫なのか?」  ついさっきまでふらついていたのにと訝しみながら玄蔵は声をかけるが、彼女は焦点の...