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2024年12月31日火曜日

紫のあとがき


毎度拙ブログをご覧いただきありがとうございます。

あとがき、などとタイトルにはありますが、有り体にいえば初めてミステリーを書いてみた感想でございます。

『紫の研究』のタイトルは、言わずと知れたコナン・ドイル大先生の超絶ウルトラ有名なシャーロック・ホームズシリーズ『緋色の研究』にちなんでおります。

ただし、中身については、前後編で10分くらいで読み終えることができ、年末に読んでなるべくモヤッとしない、犯罪とまでは言えないような小さな事件にしたいなぁと思ったので、北村薫先生の「円紫さんとわたし」シリーズのようなものをずっと念頭においていました。

ご存じない方は『空飛ぶ馬』とか超おすすめです。

あと参考にさせていただいたのは、いわゆる「アホバカミステリー」と呼ばれている(らしい)蘇部健一先生の『六枚のとんかつ』。

これもおすすめ。物語のテンポとかオチの付け方とか、とても参考になりました。

なにしろ短編なので、登場人物は最小限、人間関係もなるべくシンプルにしたい。でもミステリーなので話に意外性もほしい。

それで私の頭に一番最初に浮かんだのが、冒頭の一文、

「仮装パーティーにメイドの衣装で参加したら、本物のメイドに間違えられた」

でした。

「え、そんなことある?」

私もそう思います笑

てゆーか、ないだろ現実にそんなこと。それならどうしたらありうるのか?と思ったのがきっかけ。

アイデアは出てくるけど、それを全部入れてたら短編にはなりません。

そこで紙にキャラ設定と相関図、話の展開について思いついたことを片っ端から書いていき、いらない部分はバッサリ削ぎ落とすということを繰り返しました。

ちょっとボンヤリして流されやすい主人公のキャラは変わらずでしたが、雅緋と紫音はほぼ真逆といっていいほどキャラが変わりました。

雅緋は最初の設定では宝石商で働くチャラい彼氏がいる羽振りの良いキラキラ系女子で、紫音にいたってはごく普通の美女でした。

それが、雅緋は妹の進学費用を稼ぐために会社勤めだけでなく週末バイトまでする健気なお姉さん、紫音は紫ドレスのマッチョ。

雅緋は話を書いていくうち余計なキャラを出さないようにしたら自然とそうなりました。

紫音は、最初の登場シーンが、普通に女性だとあまりインパクトなさすぎたので…

形部係長(紫音の兄)出す必要なかったんじゃね?とも思いましたが、紫音がどうやってパーティーチケットを入手したのかと考えたとき、兄が会社で(おそらく雅緋から)もらったチケットを使ったとするのが妥当かな~と思うので、出演は妥当だったのだと思っています。

これは本編のどこかにちらっと書いておけばよかったな。反省。

CBDについては、最近法律が変わったというニュースが報道されたりしたので、ご存知の方もいらっしゃるでしょう。

海外ではすでに医薬品として認められた製品もあるようなので、日本でも今後、輸入が増えたり、研究が進んで国内で精製された製品が出回ることを見越しての法律改正なのかなと思ったりしました。

さて、紫音が雅緋から買った小箱は、果たして適法なCBD製品だったのか、それとももっとグレー、あるいはアウトな製品だったのでしょうか。

そして、彼の「クライアント」はいったい誰だったのか。

すべての謎を解いてしまうと面白くないので、読者の皆様に自分で考えていただくために残しておきました。

どうぞご自分なりの答え探しを楽しんでみてくださいね。

では、どうぞよいお年を!

2023年4月8日土曜日

BingのAIチャット機能で小説書けるかな

 Edgeに組み込まれているBingにAIチャットがブログの下書きもしてくれるらしいので使ってみました!

画面上段の「チャット」「作成」「分析情報」から「作成」を選ぶ。

文章の「トーン」は「カジュアル」。

形式は「ブログの投稿」。

文章の「長さ」は「中」。

そして私が投げかけたのは、以下の文章↓

人類が肉体を捨ててデータとなり、AIと融合して生きる未来で、肉体を捨てなかった旧人類として生きる主人公が、肉体を持たない新人類と出会う物語

生成されたのは以下の通り↓

text

こんにちは、ブログを読んでくれてありがとう。今日は、最近読んだ本の感想を書きたいと思う。その本のタイトルは「データとなった人類」で、人類が肉体を捨ててデータとなり、AIと融合して生きる未来で、肉体を捨てなかった旧人類として生きる主人公が、肉体を持たない新人類と出会う物語だ。


この本は、SFと恋愛の要素が混ざった作品で、主人公の旧人類は、自分の肉体を大切にする一方で、データとなった人類にも興味を持っている。ある日、彼はインターネット上で、自分と同じ名前を持つ新人類と出会う。彼女は、データとなった人類の中でも特別な存在で、AIとの融合によって高い知性と感情を持っている。彼女は、旧人類の世界にも興味を持ち、主人公と交流を深めていく。


この本は、現代のテクノロジーの発展と人間性の問題について考えさせられる作品だ。データとなった人類は、自分のアイデンティティや価値観をどう保つのか。旧人類は、自分の肉体や感覚をどう大切にするのか。そして、二つの異なる種族がどう共存するのか。この本は、そういった問いに答えることはしないが、読者に考えるきっかけを与えることはする。


私は、この本のストーリーとキャラクターに引き込まれた。主人公と新人類の関係は、徐々に深まっていくが、それぞれの立場や環境の違いからも葛藤や衝突が起こる。しかし、彼らは互いに理解しようと努力し、愛情を育んでいく。彼らの恋愛は、現実的ではないかもしれないが、美しくて切ないものだった。


この本は、SFファンや恋愛ファンにおすすめしたい作品だ。データとなった人類と旧人類の世界観や文化の違いが興味深く描かれており、恋愛も感動的でロマンチックだ。この本を読んで、自分もデータとなった人類や旧人類と出会ってみたいと思わせられるかもしれない。

―――ここまで

なるほどねえええ~、こうくるか!って思いましたwww

「データとなった人類」って…タイトルからしてまんますぎるし、正直、想像の斜め上をいくようなことはありませんでしたね。

でも、コンピュータが月並みとはいえここまでの物語を生成できるほどに進化したということについては、たいへん面白いなあと思いました。

もしも何十年か後の未来、AIがグレッグ・イーガンばりの本格SFを書くようになったとしたら…

人間の作家なんてあっちゅうまにお払い箱かな…(;´∀`)ちょっと怖い

2022年8月20日土曜日

黎明卿ボンドルドに関する象徴学的考察

 


大変久しぶりのブログ更新です。

つくしあきひと氏原作「メイドインアビス」、アマプラで履修してみたところ、世界観にドハマリしてしまい、現在放映・配信中の二期も毎回楽しみにしています。

とくに私が興味を惹かれたのは、劇中での数々の非人道的な振る舞いにより、同作品ファンからは蛇蝎のごとく嫌われているキャラ、ボンドルド卿。

彼が何をしでかしたかについては本編をご覧いただくとして、いずれも確かに「人道に照らすと」唾棄すべき行為ではあるのですが、彼自身にとっては、アビスの謎を解き明かすという自らの知的欲求にどこまでも純粋に従った結果の行為であり、そこに「悪意」がないという点で、一般的なヴィランとは一線を画すように私には思えました。

以下は、そんなボンドルド卿の謎についての考察です。ネタバレありなのでご注意!



◆ボンドルドの仮面

劇中設定では、彼の仮面とは、それを装着した他者の精神を彼に隷属させるための道具です。

ボンドルドは、自分の魂をアビスの特級遺物である精神隷属機「ゾアホリック」に移し、仮面を使って他者を「乗っ取る」ことで、事実上の「不死」を手に入れたのです。素晴らしい…ってボンドルド本人は思ってるんだろうなぁ。

つまり、あの仮面はゾアホリックの「端末」のような役目を果たしているのでしょう。

ちなみに、彼は自分の白笛を手に入れるために自分の身体を使った(白笛の元になる石「命を響く石(ユアワース)」は人間から作られたもので、しかも、「材料」となる人間は、白笛の使い手にすべてをささげる覚悟が必要。ボンドルドにはそこまで強い絆で結ばれた特別な他者はいなかったと思われる…さもありなん)ので、オリジナルの肉体は残っていません。作中で動き回っている彼の身体は、おそらく彼の部下である祈手(アンブラハンズ)の誰かのもの。

文字通り己の知的欲求に己のすべてを差し出したわけで、ここまで来ると、もはや狂気の沙汰も通り越していっそあっぱれですらありますね…。

◆仮面の象徴的意味

ボンドルドが作ったのか、それとももともとゾアホリックの付属品(?)なのかは謎ですが、精神隷属機だから頭に近いところがいいとしても、あんな暑苦しそうな仮面でなくとも、首輪でも額飾りでもかまわないはず。

なぜ、仮面なのでしょう?

古来、仮面の役割とは、「見えざるものの依代となること」でした。

日本の伝統芸能である能楽でも、神や怨霊など「人ならざるもの」の演じ手は必ず面をかぶっていますし、なまはげなども仮面をかぶって「年神」を演じ、新年の幸福を祈る行事であることは、読者諸氏ご存知の通り。

仮面をかぶることで人としての己を消し、神との同一化をはかり、豊穣を祈ったり、病魔を退けたりするシャーマニズムは世界各地(特にアジア)に広く見られる風俗です。

つまり、ボンドルドは仮面によって不死を手に入れ、かつアビスに仕える「神官」となり、アビスという「神」と同一化したわけです。

人間を超越しちゃったんですねえ…神の視点を手に入れてしまった彼にとって、「人道的」とか「倫理観」などというものが意味を持たなくなるのも、ある意味当然といえば当然かもしれません。

アンブラハンズが全員、彼と同じく仮面をかぶっているのも、彼らが同様に神に仕える「神官」だからなのでしょうね。

◆アビス探求至上主義

実験のために連れてきた子どもたちについて、「あれらは人間としての運用はしておりませんので」などというぞっとするようなセリフを平然と口にする一方で、娘である(とボンドルドは言っている)プルシュカに対しては温かな愛情を注いでいる(ように見える)場面もありますが、彼の言動を総じて鑑みるに、彼にとって「人間として扱うかどうか」という区別は、「家畜かペットか」という区別と大差なさそうです。

彼にとって、すべての生命は、アビス探求のために存在する。

そこに例外は存在せず、自分の肉体すらアビス探求のために白笛に変えてしまったのですから、まさに「筋金入り」です(まあ、魂というか意識だけはゾアホリックに移せたからこそできたことではありますが…)。

彼がやったことに対して他人が見せる喜怒哀楽や愛憎さえも、「脳細胞の電気信号と脳内分泌物に踊らされているだけ」とか思ってるんじゃないかなぁ。

◆なぜ「目」を見せた?

第六層に向かうリコたちを見送る場面。ボンドルドの仮面はリコたちとの激しい戦闘によって壊れており、壊れた場所から片目がのぞいていました。とても印象的な場面なので、憶えている方も多いでしょう。

戦闘中に壊れた仮面からのぞいた彼の目は複眼で、人ならざるものを思わせましたが、その個体が戦闘に敗れると、別のアンブラハンズが壊れた仮面を拾い上げて「新しいボンドルド(文字通り)」になり、そのときの目は、生身の人間のものでした。

アビスの遺物によって改造した肉体ではなく、一時的にせよ生身の肉体となったボンドルドは、そのまま他のアンブラハンズたちとともにリコたちを見送りますが、なぜわざわざ見送りに出たのでしょう?

これは私の推測ですが、白笛を得たリコの、アビスに対する探究心に、ボンドルドは同じ「白笛」の探窟家として、最大の敬意を払ったということでは…?と考えています。

また、目は古来、人間の身体で最も強い呪力を持つ器官。

最も有名なのは、古代エジプトの魔除けとして墓室や棺などに描かれた「ホルスの目」(ラーの目、ウジャトの目とも)でしょう。

古代メソポタミアや中国の遺跡からも、やたら目を強調した人物像などの遺物が発見されています。

日本でも「目は口ほどにものを言い」というように、最も感情を表す器官でもあります。

ボンドルドは奇しくも生身の目でリコたちを見送ることにより、自身の言葉通り、アビスに仕える者として最大の「呪いと祝福」を彼らに与えたのですね。

そういえば、リコたちが第六層へ行くために乗り込んだ昇降機も、もろに眼球の形でした。彼らは「呪いと祝福」の象徴たる目そのものに運ばれて、アビスのさらに奥へと進んだわけです。


さてさて、作中、アビス下層の生物が上層へ移動していたりするところを見ると、どうやらアビスの力場が上昇してきている模様。オースの街での異変も、島の外の医療船に移動した途端元気になったキユイを見るに、アビスの力場が穴の外にあふれつつあるしるしのようです。

いったい、アビス最下層では何が起きているのか…

私には、最下層の異変を知ったライザが、オースの街の人々に警告するためレグを送ったのでは?と思えるのですが…

いずれにしても、続きが楽しみです!

2022年1月10日月曜日

安田登『野の古典』感想

 



高校の国語教師から能楽師に転身された安田登氏による、古典の入門書。記紀神話から始まって、明治時代は新渡戸稲造の『武士道』に至るまで、日本の古典だけでなく『論語』なども取り混ぜつつ全24講義という構成になっています。

古典における昔の人たちの恋愛模様とか艶笑話あり、幽霊や妖怪など怪異譚あり。よく知っているはずの日本の昔話も、別の古典書籍には実は意外な結末が書かれていたりします。

たとえば、浦島太郎。『御伽草子』の浦島太郎は、一般的に知られている物語とは結末が全然違う!とか。

タイトルだけは日本史に出てくるから誰でも知っている、十返舎一九の『東海道中膝栗毛』が実は女色男色スカトロネタなど何でもありのエログロナンセンス小説だった!とか。

個人的に興味深かったのは、因幡の白兎=生贄説と、『論語』が書かれた当時、「惑」という漢字はなかったという話と、松尾芭蕉はなぜ旅に出たのか?という話ですね。

能や狂言のあらすじもたくさん書かれていて、それもおもしろかったです。能って寝てしまっていいんだ…(;^ω^)

筆者御本人から直接話しかけられているような親しみやすい文体と、教科書には載らない(というか、載せられない)けれど世間的には興味を引く、面白い題材が多くて(最終第24講の新渡戸稲造先生の話だけが少し堅苦しい)、すらすら読めてしまいました。

そういえば買ったまま積読状態になってる岩波文庫の『論語』が書棚にあったなぁ〜と思い出したので、この機会に読もうと思います!

田島列島『水は海に向かって流れる』感想


 

皆様、あけましておめでとうございます。お久しぶりの更新です。

最近は漫画もラノベも、ちょっとおもしろいと10何巻とか続くのが常識みたいになってて、途中から参戦するのは個人的に精神的ハードルが高いこのごろ、皆様いかがお過ごしでしょうか。

この漫画はTwitterのタイムラインでおすすめツイートがめっちゃ流れてくるので買ってみました。全3巻。懐に優しい。

そして中身はというと、大変よかったので感想。安定のネタバレありなので、ネタバレ嫌いな人は読まないでね。

↓☆キケン☆ここからネタバレあり

●ストーリーは有り体にいうと

「W不倫した男の息子(15)と女の娘(26)がひょんなことで出会って恋に落ちる」

という、昼メロか?という話なわけですが、年齢差ゆえに考慮されているのか、全体にドロドロ部分は少なく、ふわっとした絵柄と作者氏の卓越したギャグセンスのおかげで、びっくりするくらいサラッと読めます。

絶妙なタイミングで繰り出されるジブリアニメのパロとか、某超有名漫画の名台詞などなど…。キミはどれくらい元ネタを知ってるかな?

物語冒頭で主人公・直達くんが拾う猫の「ムーちゃん(ミスター・ムーンライト)」も場面の緊張をほぐす癒やしになってます。猫大事。

最終巻あたりにはド修羅場とも言える場面もあるにはありますが、笑いに紛らせて最後まで突き詰めない場面転換で、読者の中には「それでいいんかい!」と中ぶらりんな気持ちになる人もいるかも。

でも、自分たちが「傷ついた子供」だからこそ、無垢なものを無垢なままに置いておきたいという榊さんと直達くんの優しさがわかる場面だなぁと私は思いました。

●W不倫の理由は不明

主人公・直達くんの父(熊沢父)と榊さんの母(榊母)の二人が不倫した経緯については、実は作中での説明はほぼ皆無です。たった1年で破局した理由についても、作中で熊沢父の「わがままを言ったら捨てられる」という台詞でほのめかされているのみ。

読者としては、「駆け落ちまでしてるんだから、なんか特殊な事情とかあるはずでは?」と説明を期待して読んでしまうのですが、二人がもともと築いていた家庭も、ごくごく一般的な「幸福な」家庭として描かれています。

でも、描かれないことで逆に、「特筆するほどでもない平凡な出会い」が、互いに既婚者であったがために「何の問題もなかった家庭を破壊させてしまう」という、恋愛に振り回される恐ろしさを際立たせていると思いました。

ここからは作品を読んだ上での私の推測ですが。

榊母は榊さんが言う通り「頭のいい人」で、プライドが高い人っぽい。榊さんの回想シーンでは榊母は一度も娘に謝ってない。むしろ「あなたも好きな人ができたらわかる」なんて、開き直っているようにすら見えます(じゃあダンナとの仲は冷めきってたんだネ…ってことになりますよね)。

一方、熊沢父は自分で自分を「ポンコツ」と言い、自分の妻に怒られたときも「もういいっ死ぬっ」と拗ねたりと子供っぽい。それ、不倫相手にもやったんだとしたら、そりゃ秒で捨てられるやろ…。

榊さんにも不倫のことを息子にバラしてないか念押しするし、あとさー、「もうヘンな下心とかない」という台詞。

さらっと!さらっと言ってるけど!それって逆に「下心あったときもある」ってことデスヨネ!?

言葉には気をつけようよ、熊沢父…。マジでBKなんだな…。

出来心で浮気して、盛り上がって駆け落ちしたものの、捨てられて一人になった熊沢父は孤独に耐えきれず、恥をしのんで元の家庭に(受け入れた奥さんの度量の広さよ…)、というところでしょうか。

直達くんの母方の実家に顔を出さないのは、嫁さんの両親から「二度とうちの敷居をまたぐな」とかなんとか言われたんでしょうな。当然の報い。

(私の素朴な疑問。「駆け落ち中、仕事どうしてたん?無職??」

しかしながら、榊母の行方を探すことで自分を「少しでもちゃんとした人間だと思いたい」とつぶやき、嫁さんが(間接的に)自分のせいで頭に怪我をして入院する羽目になったことで涙をこぼす熊沢父は、なんとなく憎めないんですよね〜。まあBKなんだけどな。

●榊母と榊さんの葛藤

熊沢父を捨てたあとの榊母は、娘から色キチと罵倒された一件もあり、自分のプライドもありで、おそらく一人で行きていく決意を固めていたのでしょうが、幼い娘を持つシングルファーザーと知り合って、元の家と同じ家族構成の家庭を築きます。運命の皮肉、ってやつですね。

他人の家庭を壊した罪悪感に苦しみながらも、新しい家庭で幸せ太り中の榊母。

ホンマに悪いと思ってる…?自分が娘やダンナに対してやったことについてはさほど後悔していないっぽくない?

榊さんから「この子の家庭をめちゃめちゃにしておいて」と言われて、直達くんに対しては「ごめんなさい」と言っている(あとでファミレスで出くわしたときにも、深々と謝罪。しかもけっこうな金額を直達くんに渡してる)のに、榊さんの

「怒らないのは許してるのと同じよ」

という台詞に対しては、

「千紗はこの先もずっとそうやって怒って生きてくの?お母さんは千紗に幸せになってほしい」

という言葉を返している。つまり、「怒らず許すことがあなたの幸せに通じるのよ」って意味デスヨネ〜?ずるくない?

説得してるつもりなんだろうけど、相手はもう子供じゃないので当然通じない。で、許してもらえないとなると

「あんたまともじゃないわよ」

と、逆ギレ。決裂決定。

しかもこの直後、榊母の今の娘(今カノ的な)が登場。たった一コマですが、榊母の愛情の対象がもはや完全に新しい家族に遷ってしまったこと(同時に榊さんや榊父の愛情を、彼女がもはや必要としていないこと)を印象付ける、重要な場面です。

W不倫と駆け落ちまでして周囲の人間を傷つけまくった挙げ句、榊母は愛情に満ちて、幸せそうな家庭を手に入れたわけですが、読者から見ると、「それって元の家庭とどう違うの?」という疑問が湧いてきます。そこに愛がなかったわけではなかろうに…と。

榊父が妻の出奔に驚いたり怒ったりせず淡々と受け入れて、ただ娘(榊さん)のことを「可哀想だった」と案じているのが、何とも切ない。

●直達くんのカツアゲと榊さんの怒り

カツアゲというと人聞きが悪いですが、要するにお金って万人にとって「価値のあるもの」の共通項だから、相手に「身銭を切らせる」ことでこちらも自分の気持を「区切る」ことができるんですよね。形のあるものとないものという違いはありますが、ある意味、「痛み」を分かち合ってイーブンな関係になる。

やり場のない怒りとか名付けようのないもやもやした気持ちをお金という形で解消するのは、ストレスコントロールにはいいやり方かもしれません。ちょっとドライかもとは思いますが。

でも、榊さんは不器用で、そういうことでは解消ができない人なんでしょう。それと、榊母の

「好きな人ができたらわかる」

という台詞も呪縛になってますしね。

あ〜、個人的にホンマとことん好きになれんわ、榊母。それはさ〜、子供が大きくなって恋愛したときに実体験として理解してくれればいい話で、不倫してるアンタが言うたらアカンやつ第一位ですから!

対して、熊沢母の懐の深さよ。ダンナが元不倫相手の連絡先を探してるって知ったときは逆上したみたいだし、息子から「大丈夫なの?」と言われて「わからん!」と返してますが、それでもダンナを追い出すでもなく、「UZEEE」と言いながらも一緒に暮らしている辺り、感服です。これも一つの愛の形、なのでしょうか。まあ今あるものを壊すのって、それなりにエネルギーが必要だしね。

ところで、個人的におもしろいな〜と思ったのは、熊沢父から巻き上げた(笑)金で直達くんが買ったのが「卵」ということと、彼が榊さんと二人で何度か(おそらくその卵で作った)ゆで「卵」を食べていること。

卵って、死と再生復活の象徴です。つまり、同じ傷を負う二人がそれを癒やし、乗り越えていくことが、卵によって予言されているのでは?と思いました。

●様々な恋愛の形

「不倫は文化だ」とか放言したバカヤロ様もいましたが、不倫は最も虚しい恋愛の形の一つと私は思いますね。周囲の人間関係をぶち壊すし、他人の恨みは買うし。

ただまあ、普通に恋愛してても誰かを我知らず傷つけていたということはあるでしょう。泉谷妹みたいな感じで。しかしながら、彼女の場合はなにせ入学して立て続けに3人から告られたという超絶美少女ですから、この先まだまだ幸せのチャンスは訪れるはず!

とりあえずは、榊さんと直達くんという10歳差カップルが、幸せになったらいいなと思ったことでした。結婚式とか挙げないだろうけど。だって榊父は自分の奥さんを寝取った張本人とご対面することになるし。めっちゃ気まずいヨネ…。

2021年10月30日土曜日

『九尾の狐とキケンな同居』ネタバレ感想

 


アマプラでおすすめに上がってたので見てみました。

というわけで、以下、ネタバレあり感想です。

男性主人公がどちらも「妖怪」ということで、つい比較してしまうので『トッケビ』のネタバレも含まれます。ご注意!

『トッケビ』は見ていてツライ場面が多かったし、最後も結局、トッケビであるキム・シンは不老不死のままで、転生したヒロインと再会してもいずれ死別の運命が待っているんだろうなと思うと、個人的には「ハッピーエンド」にクエスチョンマークがつく終わり方だったんですが、この『九尾の狐とキケンな同居』(長いので以下『狐』)はコメディ要素が多くて気楽に見られたし、最後も「長老」(九尾の狐であるシン・ウヨのあだ名)がちゃんと人間になれたので、軽いラブコメ作品としては満点かなと思いました。

ストーリーの深みなんかは、『トッケビ』と比べるべくもないのがちょっと残念かな〜。

『トッケビ』ではウンタクがたんぽぽの綿毛を吹き飛ばす場面があるんですが、この何気ない場面が後々ストーリーで重要な意味を持ったりとか、そういう「読ませる」描写が『狐』にはあんまりなかったかと…。

ただ、700歳で人間になれたヘソンと、999歳という消滅寸前になっても人間になれない長老との対比は面白かったかな。

長老を心配してあれこれアドバイスしたり世話を焼くヘソンは、「だからこそ長老に先んじて人間になれたんだろうな」と思えたし。

不満があるとしたら、ヒロインのダムさんから玉を返してもらったあと、長老がダムさんの大学に教授として赴任する展開がちょっとご都合主義(;^ω^)

ヘソンまで大学に「編入」(?)してくるし(;^ω^)

まあラブコメあるある展開ではありますな。原作webコミックらしいし、ますますあるある。

ストーリー前半ではヨレヨレのTシャツにポテチの食べかすをつけてガハハ笑いしていたダムさんが、後半ではどんどん可愛くなっていくのも、個人的にちょっと残念でした😂でも大口でラーメンすするシーンは良かったです👍

大学のアイドル、ソヌ先輩や長老と浮き名を流すダムさんに嫉妬した女子生徒たちとの髪を振り乱した大乱闘も、ダムさんらしくてよかった😂

ソヌ先輩といえば、このドラマで不幸な人第一位。間違いなく。

長老を人間にするための「当て馬」として、ダムさんと運命の赤い糸で結ばれてしまった挙げ句、振られまくり、妹はダムさんの弟とカップルになるという…🙀

もし二人がこのままうまくいってしまったら、自分を振った女と親戚になるという地獄な未来が待ってるわけで、たしかにドラマの最初のほうではソヌ先輩は善人とは言い難い人物でしたが、ここまでくるとカワイソーとしか言いようがありません。

ドラマ後半は長老とダムさんのラブラブ場面もふんだんにありますので(まじでちょっとうんざりするほど…)、イケメンと美女のラブラブを堪能したい人、気楽に見られるドラマなのでおすすめです。

『トッケビ』のときも思いましたが、韓流ドラマはとにかく映像の背景(ロケーション)が素晴らしい。こういうところも「韓流」がウケる理由の一つかな、と思いました。

2020年8月22日土曜日

(ほぼ日本人作家だけど)【世界SF作家会議】見てみた


Youtubeのおすすめに上がってきたので見てみました。

いとうせいこうさんの司会がうまくて、SFマニアじゃない人にもわかりやすくなってますが、逆にもっとマニアックな話を聞けると思ってたリスナーさんは肩透かし感あるかも…私もその一人ですが。

#8の「アフタートーク」でいとうさんの「新井さんどうしようかなと思った」というセリフに失礼ながら笑いました。

いとうさんがどういう意味でそうおっしゃったのかはわかりませんが、私は個人的には新井素子氏はSF作家というよりは、設定がSFっぽい「恋愛作家」だと思っているので、出演者の中に彼女の名前を見たときにちょっと、というかかなり

「大丈夫なのかこれ」

って思ったし。

結果的には、新井氏の存在がこの会議を一般人にもわかりやすくする要因の一つとなったわけで、まあ結果オーライってとこですかね。

「アフターコロナなんてない」という予想については、私も新井氏に激しく同意ですし。

「アフターコロナ」といえる時代が来るとすれば、数十年後、インフルエンザにおけるタミフルのような特効薬が開発されたときかな、と私は考えますね。

ワクチンが開発されて、治験もパス、国の認可もおりて、今マスコミが騒いでますが、研究機関の発表などを見ていると、新型コロナウイルスはインフルよりも圧倒的短期間(2、3ヶ月くらい)で変異するらしいし、しかも季節性ではまったくない。おまけに体内に抗体ができても、その抗体はわりとすぐに消えてしまうそうなんですよ。

(新型ウイルスのこの辺の特徴についても、個人的には同会議で作家の皆さんにつっこんでほしかったですね〜。
「こんな設定、編集からOK出るわけないでしょ!」
って笑
まさに事実は小説より奇なり!)

だとすれば、今開発されたワクチンが、果たして変異し続ける新型コロナウイルスにどれくらい対応できるのか?も未知数だし、人体内で抗体となって働いてくれる期間も未知数だし、結局、インフルのワクチンと同じで、

「接種したからって油断は禁物」

ってことになりそうだなぁ〜と、私なんかは思うわけです。

ワクチンの接種証明書を印籠のようにかざしつつ、夜の街でクラスター発生させまくる無症状患者とか…

出てこないとは限らないデスヨネ…

同会議は新型コロナウイルスがテーマだったんですが、私は数年前から絶賛進行中の地球温暖化についても、皆さんのお考えを伺いたかったですね。私は、今回の新型コロナウイルスのパンデミックも地球温暖化となにか関係があるのでは、と思っているので。

紫外線の増加や温暖化といった、大きな環境の変化が、我々の目には見えないミクロの世界でとてつもない異変を引き起こし、その異変が今やっと我々の目に見えるレベルにまで上がってきたのだとしたら。

だとしたら、この異変はおそらく、この新型コロナウイルスだけではおさまらない、と私は考えているのです。

別に科学的根拠があるわけではなく、妄想と言われたらそれまでなんですが。

2020年7月25日土曜日

どうなる五輪

本来なら、テレビも新聞も昨日から五輪一色でお祭り騒ぎだったはずなのに、なんかお通夜みたいになってますね、皆様いかがお過ごしでしょうか?

さて、個人的には競技としてのスポーツにはあんまり興味ないんだけど、経済的な問題はさておき、もし五輪を開催するとしたら感染対策はどうするべきか?
以下、個人的に妄想してみました。

まず、ワクチンと特効薬(インフルにおけるタミフルetc的な)は必須ですよね〜。

参加者(観客・ボランティア・選手などなど、競技場に出入りする人間)全員がワクチンを接種、その後抗体検査も受けて、陽性反応が出た人にのみ医療機関から証明書が発行される、ってのはどうでしょう?

証明書の有効期限は半年。なぜなら、新型コロナウイルスは数ヶ月〜半年くらいで変異するとのことなので。

証明書がない人は、たとえ選手でも競技場には入れない、…って、思いついたときはこれいけるんじゃね?って思ったけど、よく考えたら世界中から人間が集まるんだからやっぱり無理か(汗
母国でワクチン接種・抗体検査ったってどのワクチン株を接種したのかバラッバラだろうしね。日本で流行ってる株と違ったら意味ないし。
証明書の書式だって国によってバラバラになるだろうし、それ誰がいちいち確認するの?って話ですよね。

そもそも、来年の夏までにそんなにワクチン量産できるの?って問題もあるし、よしんば量産できたとして、ワクチン株が実際に流行する株と違ってたら(インフルのワクチン株も流行する株と違うことがあるそうです)、それこそ目も当てられないことに…。うーむ。

私の結論:「無観客じゃ意味ない」って言っている人もいるみたいだけど、どうしても開催するなら、開会式も閉会式も簡略化しまくって、無観客で開催。

ま、えらくて頭のいい人達がもっといいアイディアを考えてくれるでしょう。たぶん。

2020年6月11日木曜日

アヒージョと角煮

しばらくサボってすみません。
本日の夕飯:きのことアサリのアヒージョに角煮
付け合せの味噌汁も映さないと〜とか考えるとめんどくさくなってしまうので、もうメインの料理だけ出すことにします。

アヒージョ初めて作ったけど、スーパーで見つけた「アヒージョの素」を使ったので普通に美味しくできました。
きのこと貝が苦手なうちの子には「地獄やん」と言われましたが。

角煮は今年の春に旅先で買ったおみやげ。実家に持っていこうと思ってたんだけど、新型肺炎騒動であえなく賞味期限切れとなり、我が家で片付けることにしました。
美味しい!…けど、一度に食べられるのはせいぜい二切れが限界ですね…。胸焼けが〜。

角煮もアヒージョもお酒の肴っぽいですが、アヒージョはきのことアサリの旨味がごはんに合いました!
「アヒージョの素」のパッケージにバゲットやパスタにも合うって書いてあるから、炭水化物全般いけそう。余った分は明日のお昼のパスタに入れよう…と思ったけど子どもに嫌がられそうなのでやめときます。

さて一方、角煮。こちらは炭水化物に合わせるなら、ラーメンに入れるとか、刻んでチャーハンに入れるとか、ですかねえ…。
いずれにしても、実家に持っていかなくてよかったです。うちの老親には絶対ムリ。

2020年1月9日木曜日

夫の料理

「YouTubeで見たカップヌードルチャーハンを食べたい。自分で作る」
とうちの夫が言い出したのは数日前。
ちなみに、夫は日常的に料理をする人ではまったくありません。
料理の経験といえば、はるか昔、(子供の頃)卵焼きを作ったり、(大人になってから)彼の母親に教わりながらハムエッグを作ったりした程度で、チャーハンを作るのは生まれて初めて。

YouTubeに上がっている動画によれば、材料はカップヌードル1個、ごはん茶碗1杯、卵1個、ネギ少々。

「今日、自分の夕飯として作りたい」

と夫が言ったので、私と子供の分(別メニュー)を作ったあと、空いた台所を貸し、材料をそろえました。

あいにくカップヌードルは買い置きがなく、生協の「コープヌードル」なのですが、中身や味はほぼ一緒なのでまあ問題なし。
あとはジップロック(カップヌードルの中身を崩すのに使う)とフライパン、しゃもじ、油などを(私が)準備し、夫の「男の料理」スタート。

そしてできあがったのがこちら↓↓↓
調味料はカップヌードルのみなので、火加減さえ間違えなければ大丈夫だろうと思っていましたが、想像以上の出来栄えでびっくりしました。
味見させてもらいましたが、味もバッチリ💯

正直、塩分とかカロリーとか考えるとちょっと眉を顰めたくなりますが、まあたまにならいいかなぁ〜という感じですね。
「カップ麺だけでは足りない!」という人には、満腹感があっていいかもしれません。

夫はこの出来栄えにすっかり気をよくし、
「中華料理人に転職しようかな〜」
などと調子に乗ってますw(・∀・ )ヾ(- -;)コラコラ

2019年3月19日火曜日

プチ断食始めました

梅やら桃やら花がほころぶ季節となってまいりましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか?
写真は今月初旬に撮影した梅です。タイトルとはまっっったく関係ございません(笑)

朝食前の3分間だけ「バーピー」というエクササイズ(みたいなの)をするようになってかれこれ3年ほど経ちましたが、「筋肉は裏切らない」というネットの格言を実感する毎日です。
貧血も改善したし、変な咳も出なくなったし、風邪を引いても長引かなくなったし、健康診断でメタボに引っかからなくなりました。
ぷよっとしていた体型もややスッキリ(あくまでも「やや」)。

ただ、体重が落ちたかというとそれほどでもないんですよ…

しかも、最も減らしたかった下腹の脂肪はまだ居座っていやがるし…

健康診断のコレステロール値は高いままだし…

ということで、何かさらに効率よく体脂肪を燃焼させることができて、あわよくばコレステロール値を下げられるような方法がないものかと探していたところ、某YouTuber氏がですね、言ってたんですよ。

「プチ断食いいよ」

と。
13〜14時間くらい何も食べない。それだけ。

なんてお手軽!高いウェアも入会金も必要ナシ!

そもそも、人間(というか生物全般)の身体は飢餓状態に対する備えは万全だけど、栄養過多に陥ったときにできることといったら、インシュリンを分泌して糖をグリコーゲンに変えて肝臓に備蓄するとか、中性脂肪を脂肪酸に変えて脂肪細胞に貯め込むとか、それくらいしかないですから。

あっ、育ちざかりのお子ちゃまは真似しちゃだめですよ!断食は、オトナになってから❤

高校の生物でも習いましたよね、クエン酸回路とかTCA回路とか。
知らない人はググってみてください。生物の身体がいかに巧妙に飢餓に対処しているかということがよくわかりますよ。

つまり、生物の長い歴史においては「ご飯は簡単に手に入らない」のが当たり前で、コンビニやスーパーに食べ物があふれているような、今の状態が異常なんですよ。
そりゃー、太るし病気にもなるってもんです。

なので、人工的(?)に体内を飢餓状態(生物として正常な状態)にしてやれば、栄養過多は解消し、脂肪は燃焼する、というのがプチ断食の理屈です。

そういえば、犬や猫も、子供の間は一日三食だけど、成犬・成猫になったら二食になりますし、なかなか理にかなっていると思ったので、トライしてみることに。

そんなわけで、先週後半くらいからぼちぼちとやっております。
マイルールは以下の通り。

・朝食後は、夕食まで何も食べない(13時間にはちょっと足りないけど)。
・飲み物は好きに飲んで良い(ただし甘い飲み物は一杯だけ)。
・他の人(家族・友人など)と一緒のときは、普通に昼食も食べる。

こんな感じ。
最後の条件があるので、週末は基本、プチ断食はお休みになります。
子供が長期休みで家にいるときは…どうしようかな〜と、実は今悩んでいるところですが、まあできるときにやればいいかな、と。

ここ数日やってみた感想も以下に書いておきますね。

・空腹はちょっとつらい
しかし!
・食事のために今やっていることを中断したりする必要がない
・調理・後片付けなどに時間を取られない
・食後、ぼーっとしてしまったりすることがない

最後の一点は私だけ?
食後、コーヒーとか飲みながら、ついついしばらくぼーっとしてしまうんですが、賢明なる読者諸氏においては、そのようなことはありませんか?

ともかく、そんなわけで、空腹はちとつらいものの、私にとっては今のところいいことのほうが多いので、できる範囲で続けてみようと思っています。
来年の健診でコレステロールの数値が改善していることを祈って!(笑)

2019年3月18日月曜日

Chromebookのキーボードカバー

キーボードのホコリが気になるので、カバーつけました。

ずっと前、デスクトップのキーボード用に買ったけど、サイズが合わなくて押入れに放置されていたMicro Solution社のPure Touch Key Protector #201。
もしかして使えるかも?と思って合わせてみたら、右端が少し余るものの、サイズはほぼぴったりでした。

ただ、問題はヒンジの部分。
画面を開閉するたびに、カバーがクシャッとなってしまう…
ので、ハサミで慎重〜に切り込みを入れました。
これでホコリ問題解消です!\(^o^)/

それはそうと、キーボードカバーのパッケージに同梱されていたこの透明な物体はいったい何?

キーボードカバーがパッケージに張り付かないようにするための物?かと思ったんですが、このポチの裏側には粘着シールがついていて、貼り付けられるようになってるんですよ。
なので、カバーのどこかに貼って使うのかな〜とも思うんですが、いったいどこに…?

ラップトップのキーボードに貼り付けると画面が閉じられなくなってしまうので、デスクトップ用キーボードで使うのかも。
うーん、用途不明です。謎です。

捨てていいのかどうかわからないけど、同梱の説明書にもメーカーサイトにも、この物体について何も記述がない以上、取っておく意味がないので捨てますが、こういうのって意外と何年か経ってからその価値がわかったり…しないか(笑)

2019年2月7日木曜日

インフルで引きこもり中


まあ、インフル感染したのは私ではなく、子供なんですけども。

以下、インフルと判明してから今までを時系列でまとめてみました。

2月3日(日)昼、「食欲がない」と言って昼食をほとんど食べず、しんどそうにしているが平熱。

同日夕方、熱を測ったら38.7℃。日曜なのでとりあえず買い置きのバファ○ンを飲ませて休ませる。バ○ァリンまったく効かず。

2月4日(月)朝、学校に欠席の連絡を入れてかかりつけ医に連れて行く。「インフルエンザA型」との診断が下り、タミフル(正確には、いわゆるジェネリック薬の「オセルタミビル」。トップの写真がそれ)5日分が処方される。
医師から、
1、熱が下がってもタミフルは全量飲み切ること。
2、タミフルを服用中は、窓や玄関にはしっかり鍵をかけ、子供から目を離さないこと。外出も不可。
以上2点の注意を受ける。
帰宅後、タミフル服用開始。
夕方の体温は36.5℃。タミフルまじパネェ、となる。

2月5日(火)タミフル服用2日目。朝、夕とも体温37℃。

2月6日(水)タミフル服用3日目。朝、夕とも体温36.5℃前後。
この日の朝食まで、食事はほとんど食べないかおかゆや雑炊だったのが、俄然食欲が出てきたらしく、夕食は普通に食べられるように。

2月7日(木)タミフル服用4日目。体温平熱。食事も普通。
すっかり元気だけど、咳と鼻水が気になる。←今ここ

ちなみに、子供のクラスは現在学級閉鎖中でして、思ったより欠席日数は少なくて済みそう。不幸中の幸い?

タミフル服用中は子供から目を離さないように、と厳命されているので、仕方なく私も火曜からずーっと引きこもり生活です。夫は仕事だし。

買い物にも行けないので、4日目現在、冷蔵庫はすっからかんになりつつあります…(^_^;)
日曜に買いだめしておいたのと、火曜に生協の宅配があったおかげで、なんとか保ってる感じ。
いやまじで、日曜に安売りしていたミディトマトを多めに買った自分をほめてやりたい!
サラダにトマトがついてるかどうかで食卓の彩りが違ってくるし、私はトマトをできれば毎日食べたい人間なので。
まあいざとなったら、子供が赤ちゃんだったときみたいにネットスーパーで注文すればいいや、と思ってますが、明日の夕方で最後の1錠を飲み切るので、どうやらその必要もなさそうです。

食事の問題もさることながら、自分までインフルに感染しては大変なので、予防にも余念がありません。
インフルには特に加湿が有効らしいので、数年前に無印で買ったアロマディフューザーを加湿器代わりに使ってます。
とはいえ、コンパクトなやつなので、加湿器としての性能はいまいちなんですが…
ただ、ユーカリやラベンダーは風邪やインフル予防に有効と聞いたことがあるので、その2種をブレンドして毎日がんがん炊いています。

買ってからこの方、一番使ってるかも😆

今のところ子供にはタミフルの副作用と思しき奇妙な言動もなく、昨日の夜くらいから布団に隠れてスマホでゲームをするくらいまで回復しました。現代医学ってすごい。
あとは土曜に医者へ連れて行き、登校許可証をもらうだけ、だといいな。

2018年8月13日月曜日

お酢は好きですか?


最近あまり耳にしなくなりましたが、一時期、多種多様な調味料の中からただ一種類のみを選んで偏愛するという、ケチャラーだのマヨラーだのといった人たちが世間の耳目を集めた時期がありましたね。
西洋出身のこれらカタカナ調味料は、これさえあれば何だってご馳走に変えてしまえそうなくらい強烈な存在感を放っているわけですが、彼らはそれを、自分が口にするありとあらゆる物に使うのみならず、あまつさえ調味料「だけ」を容器から直接食べるという蛮行にまで及び、一時期メディアでもてはやされて(?)いました。

彼らほどではないにしても、だれしも「好みの調味料」というものは存在するわけで、私の場合、それはズバリ、「酢」。
ボトル入りで売られているレモン果汁(というか、香り付きクエン酸)も素敵。
とにかく酸っぱいものが私は小さい頃から好きでした。

もちろん、それ「だけ」を飲んだりはしたことありませんよ。命にかかわるので。

しかしながら、母親が作った寿司酢をなめて怒られたり、紅茶にレモン果汁を入れすぎて親戚から変な目で見られたり、といった思い出には枚挙の暇がございません。
吸い物にお酢をたらして飲んだこともありました。
餃子のたれを薄めたみたいな味になっておいしいんですよ。
でも餃子を食べるときは、たれでなくお酢で食べるんですけどね。

これまで私が使ってきたお酢といえば、穀物酢、米酢、リンゴ酢と、たまに人様からいただくバルサミコ酢なんですが、どれが一番好き?と言われると、私は断然リンゴ酢。

穀物酢や米酢のようなとがった感じがなくて、まろやかでおいしい。

そしてお値段が手頃!(ここ重要)
黒酢やバルサミコみたいにばか高くない!

イタリアンのおしゃれなレシピでよく見かけるバルサミコ酢ですが、独特の風味があるので、私は正直なところ、どう使って良いのかわからず、もてあますことが多いんです…。
よく「アイスクリームにそのままかけるとおいしい」って聞きますが、あれは本当なんでしょうかね~?
私は使いあぐねて結局、シューマイやからあげにかけて食べてしまうんですが、これってやっぱり、バルサミコ酢を使いこなしている人から見たら、罰当たりな使い方なんだろな…。

で、今回、物は試しということで、ワインビネガーを初めて買ったんですよ。写真のやつ。輸入品はレトロなラベルがカワイイですね。

そして、ドレッシングとして使ってみてびっくり。

おいしい…

なんというか、お酢として味が濃厚というか。

ずっと前、イタリアンレストランで食べたサラダにかかっていたドレッシングと同じ味がする~!
そうか、どうやってもあの味が再現できなかったのは、お酢そのものが違っていたからなのねと、一人で感動、一人で納得。

買って良かった。10年以上前のドレッシングのナゾが氷解しました。
食べ物は、口に合わないとたいへんつらいことになりますが、こうやって好みにぴったりあてはまると、とてもうれしいものですね♪

2018年2月26日月曜日

「…ッ」が気になる

90年代終わり頃からだと思うんですが、漫画(特に少女漫画)で多用されるようになった、

「…ッ」または「…っ」。

三点リーダーに促音という、この発音不能なセリフ(?)が、私にはものすごーく気持ち悪いんです。

漫画で使われるのはまだ許せる。文章表現に頼れないメディアだから、こういう方法でキャラの心情を表現するのもまあ致し方なかろうと。

が、文章表現でこれがあると、もうダメ。
最近のライトノベルとか、文章の中にこれを見つけると、一気に読む気が失せます。

先日も、本屋の店先で、「面白そう」と思って手にとった小説(ライトノベル?)の中にこれを見つけて、そのまま静かに棚に戻した、なんてことがありました。

なぜ、「絶句した」とか、「息を呑んだ」とか、地の文で書かないのか?
というか、読者は「…ッ」(あー、自分で書いててもゾワゾワするので、以下「三点促音」と書きます)だけで、場面を思い浮かべることができてるのか?

おそらく、漫画に慣れた読者なら、下手に地の文で書かれるより、よほどスッと頭に入ってくる表現なのでしょう。だから、ラノベとはいえ、文章で表現することが前提の小説でさえも多用されるようになったのだと思われます。

…いや、ひょっとすると、漫画的表現手法を見慣れたラノベ作家にとっては、むしろ単に「絶句した」「息を呑んだ」などという文章で表現する以上の「含み」が、三点促音にはあるのかも?

たとえば、その場面に対する、作者自身のいわゆる「萌え」とか。

なるほどねー、そう考えると、私がなぜ三点促音にゾワゾワするのか、そのナゾが少し解けてきましたよ。

私はきっと、三点促音にこめられたラノベ作者本人の(*°∀°)=3モエーを行間から感じ取って、ゾワゾワしてたんだな。たぶん。

まあ、すべての三点促音にそういうキモい自己満足がこめられているとは言いませんが、少なくとも、私にはそう読める、ってことですかね。
もうちょっと若かったら、そういうモエーに少しは共感できて、気にせず読めたかもね〜😌

2017年8月17日木曜日

まるで自分の祖父が亡くなったような

私が毎回楽しみにしている、某A新聞の連載コラムがあるんですが、筆者に田植えを指南してこられた、通称「毒舌師匠」が亡くなられたことを今日の紙面で知り、なんというか、まるで自分の祖父か、親戚のおっちゃんが亡くなったような気分を味わっております。

今年の4月に永眠されたとか。

ガンでずっと体調崩しておられたのに、押しかけ弟子であるコラム執筆者にも知らせてなかったって、心配かけたくなかったんだろうなぁ。

毒舌で怒りっぽいけど、それって優しさと面倒見の良さの裏返しだったんだよね。

「こいつ、この先こんなので大丈夫なのか?」と、「押しかけ弟子」のことを心配しておられたのでしょう。

あのあったかい九州弁が、もう読めなくなる(たぶん、音で聞いたら、私には絶対リスニング不可能)のかと思うと、寂しいです。

単なる一読者に過ぎない私のハートまでわしづかみにして天国へ行ってしまった師匠、心よりご冥福をお祈りします。

エジプト旅行2026⑥~カイロ歴史地区観光!そして帰国

カイロ歴史地区観光 エジプト滞在最終日 です~! 本日のお土産屋さんタスク😂はカルトゥーシュのお店だったんですが、ガイドさんによると 「オーナーが寝坊したので11時過ぎないと開かない」 というホントかウソかわからない理由で後回しになりました😂 この日の行き先は旧カイロ地区。 ...