※イラストはAIによるものです
『悪魔の辞典』でおなじみのアンブローズ・ビアスですが、ゴシックホラーの名手でもあります。
こちら短編集なのでとっつきやすいですが、南北戦争ネタが多くて、
「おじいちゃん、またその話ですか?」
って言いたくなりました😂
脚注はいくつかあるものの、巻末解説がないため、南北戦争など当時の情勢に明るくない日本人にとってはちょっと不親切かな。
私が一番気に入ったのは、『シロップの壺』。
死んだはずの商店主が、夜な夜な店に立って商いをするという話ですが、
「たとえ幽霊だろうと、無害で誠実な商売人ならきちんと歓迎してやればよかった」
というオチで、ちょっとほっこり😊
一方、最後に収録されている話、『ハルピン・フレーザーの死』は難解。
物語は終盤のホーカーとジェラルソンが墓地へ向かう部分を除いては、主人公の夢(妄想?)と実際の記憶が錯綜している上、暗喩やほのめかしだけで、主人公「ハルピン・フレーザー」がどうなってなぜ死んだのかをはっきり説明しておらず、結末については読み手の想像に委ねられているところが大きいと思いました。
なので、私なりに解釈してみます。
◆その1、ハルピンはなぜ「ブラスコム」と名乗っていた?
ハルピン=ブラスコム=ラルーであることは、ホーカー&ジェラルソンの会話や、彼らがブラスコムの遺体をみつけたとき、傍らに「ハルピン・フレーザー」の名前入りの手帳が落ちていたことから自明でしょう。
ブラスコム(またはラルー)は誘拐されて水夫として働いていたときについた愛称かな?とも思ったのですが、もしかすると救出されてからセントヘレナで「一緒に暮らしていた船員仲間」の名前だったのではないでしょうか。
さらにもしかすると、そんな船員仲間は最初からいなくて、ハルピンとブラスコム二つの名前を使い分けていたのかも?
◆その2、ブラスコムの妻「キャスリン・ラルー」とは誰なのか?
これは物語の冒頭と最後にヒントがあります。まず、
・冒頭、ハルピンは母親を「ケイティ」と呼んでいた。「ケイティ」は「キャスリン」の愛称。
・ホーカーが曰く、「ブラスコムの本名はラルー」「殺された女の名字がフレイザーだった」
さらにホーカーとジェラルソンの会話から、
・ブラスコム=ハルピンの妻は、未亡人となって身内を探しにカリフォルニアに来た
つまり、「キャスリン・ラルー」とは他ならぬハルピンの母親、「キャスリン・フレイザー」。
「ラルー」という名字がどこから来たのかはわかりませんが、もしかするとハルピンの母方の名字なのかもしれません。
彼女は夫を看取ったあと、息子を探してはるばるカリフォルニアへとやってきて、そして冒頭にもほのめかしがありましたが、二人は親子でありながら夫婦として暮らしていたわけです。エディプスコンプレックスの極みですな。
本名で母親と結婚するには問題があったのか、あるいは船員時代に何かあったのか、ハルピンは偽名を使っていたのでしょう。
「ブラスコムの本名はラルー」という言い方が気になるところですが、ハルピンはもしかするとファーストネームは使わず、「ブラスコム」あるいは「ラルー」という通り名だけを使っていたのかもしれません。
さらに謎なのは、ブラスコム=ハルピンが妻殺しの指名手配犯として追われている(いた)らしいこと。
◆なぜハルピンは母親=妻を殺した?
奇妙なことに、ハルピンの記憶?(作中ⅡとⅢ)には、「妻キャスリン・ラルーと暮らしていた思い出」がいっさい出てきません。
彼の記憶(あるいは夢)につきまとうのは、変わり果てた彼女の亡霊のみ。
いったい二人の間に何があったのかはわかりませんが、まあありがちな展開を考えると以下のような感じでしょうか。
未亡人として夫の遺産を継いだキャスリンは、カリフォルニアに息子ハルピンを探しに来て、船員として貧乏ぐらしをしていた彼と再会。自分たちのことを知る者がいないのをいいことに結婚、遺産でしばらくはぜいたくな暮らしをしていたものの、やがて金が尽きると二人の関係に亀裂が入る。
(ハルピンの怠惰な性格や、ケイティの富裕な家に嫁いだ贅沢ぐらししか知らない奥様ぶりは冒頭で触れられています。)
さらにハルピンは、自分よりも早く老いていく妻に嫌気がさし、ある日、衝動的に妻を殺し、猟銃を持って逃げた…
あれ?だとすると、セントヘレナで一緒に暮らしていた例の名無しの「船員仲間」は最初からいなかったんじゃない?ハルピンが「妻」と暮らした思い出を上書きしてそう思い込んだということなのでは?
愛する「妻」のことがハルピンにとってそこまで忌避すべき記憶となってしまったのは、彼が彼女を殺す前からなのか、それとも殺したあとなのか…
いずれにしても、物語では彼らの結婚が呪われた、忌むべきものとして扱われているのは間違いないでしょう。
呪われた結婚は殺人という恐ろしい形で破綻し、殺人者は自らが殺めた亡霊につきまとわれ、錯乱したあげく恐ろしい死を遂げる…
はからずもビアスの倫理観が垣間見た気がする作品でした。
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