濡れ縁に並んで腰を下ろしていた竜介と泰蔵は、背後から突然割り込んできた声に、驚いて振り返った。
「紅子ちゃん?」
「いつからそこに?」
紅子の姿を認めるや、二人はほぼ同時にほぼ同じ質問を口にしたが、紅子はそれを全く無視して言った。
「黒珠を封じたら、今度はあたしの力を封じて、縁も切る?それって、あたしがもう用なしだから?バカにしないでよね」
「そうじゃない。君の生活のことを考えてるんだ」
竜介は立ち上がると、紅子に向き直った。
「紅子ちゃん、君は、元の静かな生活に戻りたいと思わないのか?」
「思うに決まってるでしょ」
紅子は憤然として言った。
「でも、それとこれとは別じゃない?ここまで巻き込んでおいて、事が済んだら縁を切るって、絶対ヘンだよ。どこかで偶然会っても、知らんぷりしろってこと?」
「違う」
竜介はかぶりを振り、根気よく説明する。
「ただ、俺たちが君の周りをウロウロしたんじゃ、迷惑だろうと思ったんだ」
「迷惑だと思ったら、あたしからそう言う。勝手に決めないでよ」
紅子は怒りに燃える目で、頭一つ分ほど高い相手の顔をにらみ上げた。
「それに、元の生活って言うけど、竜介たちだって力を持ったまま、普通に生活してんじゃん。同じ事があたしにはできないって思うわけ?それってやっぱバカにしてない?」
「バカになんかしてないって言ってるだろ」
竜介はさすがにイライラしてきたらしく、強い口調で反論した。
「どうして君はそう喧嘩腰なんだ。いいか、君はまだ、力を得て日が浅いし、俺たちと違って力を抑える訓練もしてないから」
紅子はそれを皆まで聞かずにさえぎる。
「だったら、それを教えてよ。いきなり力を封じるなんて言わないでさ」
「だから、それは!」
「竜介、もういいじゃないか」
それまで二人のやりとりを黙って聞いていた泰蔵が、ようやく口を挟んだ。
「本人がイヤだと言っとるんだ。これ以上、ハッキリした答えはあるまい」
その言葉に同意するでもなく、竜介はただ黙り込んだ。
泰蔵が目顔で何やら合図すると、彼はそのまま、奥へ姿を消した――紅子の方をちらりとも見ずに。
どことなく居心地の悪い思いで紅子がその背中を見送っていると、
「そんなところに立ってないで、座って茶菓子でもどうかね」
泰蔵が言った。
「……ありがとうございます」
紅子は礼を言って、ついさっきまで竜介が座っていた場所に腰を下ろした。
泰蔵に訊きたいことがたくさんあったはずなのに、それらは頭のどこか隅のほうへ押しやられ、目下彼女の頭の中を支配しているのは、竜介を怒らせてしまったという、苦い後悔。
もっと正確に言えば、後悔している自分を認めたくないという葛藤。
彼女にとって、竜介が怒っていようが笑っていようが、そんなことは今朝何を食べたかということよりもどうでもいいことのはずなのだ。
そうであるべきなのだ。なのだが――
「竜介のことは、悪く思わないでやってくれないか」
紅子の沈黙をどう解釈したのか、泰蔵が言った。
「あやつはあやつなりに、お前さんの先行きを案じておるのだよ。涼音と同じ年頃の子を見ると、どうも放っておけんらしい」
「はぁ」
納得がいかない。
「あたしは、涼音と同レベルってことですか」
「少なくとも、竜介の中ではな」
泰蔵はそう言って笑ったが、紅子は笑えなかった。
なぜ?
わからない。
なんでこんなにムカつくんだろ。
紅子が自分の感情の揺れを測りかねていた、そのとき。
「さて、と」
泰蔵が話題を換えた。
「こんな話をするために来たわけじゃなかろう。もっと他に、わしに訊きたいことがあるのじゃないかね」
そう言われて、紅子はようやく、今ここで目の前のこの老人に訊いておかねばならないことがあるのを思い出した。
文字通り背筋を伸ばし、泰蔵の目を見る。
話題が逸れたことに、なぜか少し安堵している自分を認めながら、彼女は早口で言った。
「教えてください。父や祖母は、どうしてあたしに、父の実家のことやおじいさんがいることを教えてくれなかったんでしょう。母方の祖父も、あたしには死んだと言ってたけど、もしかして、どこかで生きてるんですか?」
泰蔵は、答える代わりに、また少し笑った。
「お前さん、怒りっぽいところやせっかちなところは、八千代さんによく似ておるな」
紅子は驚いて尋ねた。
「祖母を知ってるんですか」
「もちろん」
泰蔵はうなずいてから、感慨深げにどこか遠くを見た。
「さあて、長い話になるな。何から話したものかねぇ……」
そう言って。
老人は、ゆっくりと話し始めた。
紅子の出生にまつわる、悲しい出来事を。
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