それから、五時間ばかり後――
白鷺邸からおよそ五キロメートルばかり離れた街道では、耳を聾する爆音が、辺りを支配していた。
四車線道路を我が物顔に埋めつくすのは、派手な改造バイクの群れ。
交通法規など忘れ去ったかのように公道を蛇行し逆走し、狂ったような走り方をする彼らを制止するものがいるとすれば、警察ばかりであろう。
が、その官憲の姿も今はまだ見えない。
ほかの車両は、暴力の雰囲気をまとう彼らと騒動を交(まじ)えることを疎んじて、横道にそれたりUターンしたりするので、その道路は事実上、彼らのもの同然というありさまだった。
だが――
路上に、「それ」が現れたとき、彼らの支配は終わった。
そして、彼らの命運も。
「それ」は、人の姿をして現れた。
彼らのバイクが、蛇行しながら走るために大したスピードを出していなかったのは、彼らにとって幸いだったのか、否か。
ヘッドライトが、道路中央にたたずむ人影をとらえると、彼らは何の迷いもなく、その周囲を取り巻いた。
「おじょーちゃん、こんな時間に道の真ん中で何やってんの~?」
「悪いやつに連れてかれるぞ~!」
「そーそー、俺らみたいなぁ」
どっとあがる、下卑た笑い声。
まばゆいライトの集中砲火をあびるそれは、たしかに「少女」に見えた。
ほくろ一つない白い面(おもて)と、ショートボブに整えられた黒髪、大きな黒瞳が、そのように見せていた。
だが、その瞳は恐ろしく怜悧で老獪(ろうかい)な光を帯び、全身を包むぴったりとした黒衣や、わざと肉をそぎ落としたかのように曲線を欠いた華奢な体躯は、その存在の異質さを物語っていた。
まるで、闇そのものが、人の姿を借りて現れたかのように。
このときすでに、彼らのうち何人かは、この「少女」の異様に気づいていた。
だが、グループ内でのヒエラルキーこそが最大の関心事である彼らにとって、一瞬でも何かに怯(ひる)んだことを仲間に知られるなど、あってはならなかった。
相手は、たった一人。それも、か細い「少女」なのである。
数も力も、自分たちの方が圧倒的――の、はずだった。
好奇心、嗜虐心、好戦的な言葉と感情にさらされている「少女」は、沈黙したままだ。
彼らはその沈黙を、恐怖によるものだと思い込んだ。
あるいは、思い込もうとした、と言うべきか。
「おい、何とか言ったらどうなんだよ」
彼らの仲間のうち、だれかが怒鳴った。
「怖くて声も出ねーんだろ」
ぎゃはは、という、下品な馬鹿笑い。
「おい、だれか後ろに乗せてやれよ」
仲間の提案に、あちこちから賛成の声があがる。
それを受けて、黒衣の「少女」のすぐそばに、彼らのうち一人がバイクを寄せてきた。
「一緒に楽しいとこ行こうぜ」
そう言って、男は「少女」の細い手首をつかもうとした。
つかんだ、はずだった。
しかし、彼はその手ごたえを感じなかった。
手先に目を落とす。
すると――そこに、あるはずのものが、なかった。
彼の、手首から先が、すっぱりと消えていた。
彼が悲鳴を上げるより先に、その視界の端を、「少女」の手の甲から生えた巨大な鎌がよぎり――
一瞬にして、すべてが、闇に落ちた。
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