2023年8月2日水曜日

紅蓮の禁呪6話「記憶の瑕疵(かし)」

  夏が終わると、日暮れはやたら早くなる。

 部活を終えた生徒達が外に出てみると、日は既に沈み、西の空に赤い夕映えが残っているばかりだった。

「あ~あ、腹減ったなぁ」

「コンビニでアイス食べて帰ろ、アイス」

「新発売のおにぎりがさぁ」

 校門を出た部員達は、にぎやかにおしゃべりをしながら、三々五々に帰っていく。

 部活が遅くまであった日は、家の近い者同士、男女一緒になって帰宅するのが不文律ふぶんりつになっており、紅子と春香の場合、本来は部長の井出が一緒なのだが、今日からしばらくのあいだ、藤臣が代理として送っていくことになった。

「すみません、遠回りなのに」

 紅子が口ではそう言いながら、心中では、チャンス到来とほくそ笑んでいたことは言うまでもない。

 自分が消えれば、親友は憧れの君と二人きりではないか。

 そんな彼女のもくろみなど露とも知らない藤臣は、

「かまわないよ」

 と、普段通りののんびりした笑顔。

 春香はと見ると、気のせいだろうか、なんだか少し元気がなかったが。

 ともかく、自分たち三人だけになったら、行動開始だ。

「あの。あたし、ここで失礼します」

 紅子が声をかけると、藤臣と春香は、ほぼ同時に彼女のほうを振り向いた。

「父から買い物頼まれてるので、あのスーパーに寄らないと」

 と、横断歩道の向こう側にあるを指さす。

 信号はちょうど、赤から青に変わったところだ。まるで図ったような、いいタイミング。

 しかし、藤臣はいきなり別行動を取ると言い出した後輩に当惑した様子で、

「それなら、僕たちも」

 一緒に、と言いかける。

 が、その言葉を、紅子は素速くさえぎった。

「いえ、ちょっと時間かかるかもなので、先に帰っちゃってください。それじゃ」

 早口で言うと、点滅を始めた青信号に急かされたふりをして、駆け足で横断歩道を渡ってしまった。

 すれ違いざま、春香の耳元に「ガンバレ」とささやくことを忘れずに。

 流れ出した車の群れの向こうで会釈する紅子に手を振りながら、藤臣はどことなく釈然としない面もちで、

「忙しいヤツだなぁ」

などとつぶやいていたが、春香は親友が気を利かせてくれたのが、嬉しくて仕方なかった。

 ありがとう、紅子!このお礼は必ずするからね!!

「やっぱり、追いかけていったほうがよくないかな?」

 藤臣が心配そうに言った。

「仮にも女の子なんだし、何かあったら……」

「大丈夫ですよぉ」

 春香は笑って言った。

「紅子の家って、武術道場なんです。たいていの痴漢やチンピラなんか、敵じゃないって感じ」

 藤臣は目を丸くした。

「そ、そんなに強いのか、一色って?」

「見えないでしょー?でも、中学の頃なんか、すごかったんですよっ。他校の不良さんグループから引き合いが来たりして」

 二人は春香の家に向かって歩きながら、話を続けた。

「松居(まつい)は、一色とのつきあい、長いの?」

「幼稚園からずっと一緒です。家も近いし、ま、いわゆる腐れ縁てやつかなァ」

 藤臣は、声を立てて笑った。

「腐れ縁て」

「だって、ほんとにずーっと一緒なんですよぅ?紅子のことなら、たいていのことは知ってます」

「へーぇ」

 藤臣は感心したように相づちを打った後、ふと冗談めかした口調で、こう言った。

「それじゃあ、松居に訊けば、一色に今好きな人がいるかどうかもわかるのかなぁ……」



 腕時計を見ると、午後六時半。三十分以上、店内で過ごしたことになる。

 さすがにもう藤臣たちと鉢合わせることもないだろう。

 そう思い、紅子はスーパーを出た。

 父親から頼まれた買い物がある、というのはうそではない。

 ただ、別に急ぎの物ではなかったというだけだ。

 しかし、今日このときにこの口実を利用しなくていつするというのか。

 それにしても、レジ袋が重い。

 時間稼ぎをかねて食品売り場へ行き、冷蔵庫で残り少なくなっていた物まで買ってしまったので、通学鞄に加えて、けっこうな荷物になってしまった。

 春香はうまくやっただろうか。

 いきなり告白というのは無理でも、何かちょっとした進展があれば、ひと肌脱いだかいもあるというものだ。

 そんなことを考えながら自宅の門をくぐると、玄関前に誰か立っているのが見えた。

「おかえり」

 玄関前の人影が言う。

「遅かったな」

 その声と、玄関の引き戸ごしにもれる明かりで、紅子はその人影が自分の父親、玄蔵(げんぞう)だと認めると、少しほっとした。

 今年で四十歳になる彼は、身長こそそれほど高くないが、武術家らしい、がっしりした体格の持ち主である。

 紅子は「ただいま」と言った後、

「部活のあと、買い物してたから」

 と、スーパーのロゴ入りレジ袋をちょっと持ち上げて見せた。

「それより父さん、こんなとこで何してんの?」

「客が来るんでな。出迎えだ」

 少しばかり不機嫌そうに答える父親は、いつもと同じ和服姿だ。

 が、薄明かりに見えるそれは普段用のものではなく、上等の紬(つむぎ)である。

 客人というのはよほど大事な人物らしい。誰だろう?

「お客さんて、今から?こんな時間に?」

 紅子は玄関を開けて上がりかまちに重い荷物を降ろし、まだ外にいる父親を振り返って尋ねた。

 すると、

「ああ」

 ますます不機嫌そうな玄蔵の声。

 だが紅子は頓着せずに戸口まで戻り、続けた。

「ねー、そのお客さんってさ、今朝早く、電話してきた人?たしか、紺野(こんの)とか言ったよね」

 朝の七時すぎ、若い男の声で電話があったのを、何となく思い出しながら言う。

 玄蔵が子機を持って自分の部屋へ行ってしまったので、話の中身はわからない。

 ただ、電話に出る父の顔が、今と同じに暗かったのが印象に残っている。

 紅子としては、心配しているつもりで訊いたのだが、玄蔵は好奇心ゆえの発言と思ったらしい。

「お前には関係ない」

 彼は怒ったような口調で娘の言葉を一蹴すると、

「さっさと家に入って、メシでも食ってろ」

 ぴしゃり、と紅子の鼻先で戸を閉めてしまったのだった。


「なに、あれ!むっかつく!」

 紅子は買ってきた食料品を乱雑に冷蔵庫につっこんだあと、どかどかとわざと大きな音を立てて階段を上り、二階にある自室へ向かった。

 思い切り大きな音を立ててドアを閉め、ベッドに鞄かばんを放り出す。が、それだけではむかっ腹がおさまらなかったらしい。

「虫の居所が悪いか何か知らないけど、娘に当たるなってのよね!」

 などと大声で独りごちては、かなり乱暴な動作で彼女は制服から私服に着替えた。

 室内は一応、ぬいぐるみやピンク・花柄系のカバー類で女の子らしく飾られているが、本棚に武術関連の本が並んでいたり、クローゼットに道着どうぎがかけてあったりするのが、ちょっと珍しい。

 本棚には他に、アンティークな艶つや消し金の写真立てが二つ並んでおり、一方には、赤ん坊を抱いた若い男女の色あせた古い写真が、もう一方には、まだ真新しい六十歳くらいの老婦人の写真が、それぞれ入っていた。

 古いほうは、赤ん坊の頃の紅子とその両親を撮ったもの。

 彼女の母親は、これを撮影した翌年、亡くなっている。元々病弱で、紅子を産んでからは特に具合が良くなかったらしい。

 以来、母親代わりになって紅子を育ててくれたのが祖母。

 すなわち、新しいほうの写真に写っている老婦人だが、彼女も去年の冬、流感をこじらせたのがもとで、あっけなく他界してしまっていた。

 紅子は祖母の写真を眺めて、ため息をついた。

 おばあちゃんが生きてたらなぁ……。

 玄蔵はどちらかといえば紅子に甘いほうだったが、昔から時折、よくわからない理由で機嫌が悪くなることがあった。

 祖母はそんなとき、

「日奈(ひな)のことでも思い出したんでしょう。しばらく独りにしておあげなさい」

 と、言っていた。

 日奈というのは紅子の母親の名前である。

 紅子は先刻の父親の様子を思い出してみた。

 が、どうも死んだ妻の面影おもかげをしのんで切なくなっている、という雰囲気ではなかったような気がする。

 どちらかといえば、何かを警戒しているような、そんな印象だった。

 そういえば、と、紅子は思う。

 自分が小さかった頃、何やらただならない雰囲気で、祖母と玄蔵がひそひそと話し合っていたことがあった。

 あれは、いつだったろう。

 あれは、たしか――小学校の――

 と、そこまで考えた、そのとき。

「痛っ……?」

 軽い頭痛が、紅子を襲った。

 ほんの数秒、意識が痛みに集中し、彼女の思考は停止する。

 そして。

「あ……あれ?」

 頭痛が引いたとき、紅子は当惑の声を上げた。

「あたし……何考えてたんだっけ……?」

 何か、大事なことを思い出しかけた気がしたのに。

 記憶は、つかみかけたその手をするりと逃れて、どこかへ消えてしまっていた。

 影も形もなく。

2023年8月1日火曜日

紅蓮の禁呪3話「破られたまどろみ・二」

  鷹彦は結局、そのまま発掘作業のバイトを続けることにした。


その年は記録的な猛暑で、遮蔽物しゃへいぶつの一切ない屋外での作業はかなりきつかったが、自分の先祖たちが長い歳月を費やして探してきたものへの強い興味が、彼を引き留めたのだった。

 遺跡の規模はそこそこ大きく、出土品や礎石の配置様式などから、神社らしいということはわかっていた。

 建てられたのは、おそらく、奈良時代。

 ただ、誰が建てたのか、どういう神を祭祀まつっていたのかということは、さっぱりわからない。

 地面に焼けこげたあとがあるところから、建物は火災にあって焼け落ち、資料となるような木管や巻物のたぐいも、おそらくそのとき一緒に焼失してしまったのだろう、というのが調査隊の推論だった。

「焦げあとのあった地面の土を、化学分析にかけた結果が届いたんだが」

 プレハブの休憩所でノートパソコンを開き、仕事をしていた虎光のところへ、井出所長がそう言ってやってきたのは、彼と鷹彦がここへ来て二週間あまりがすぎた頃だった。

 いくら長いとはいえ、大学の夏休みももう終わりだ。

 虎光はいったんパソコンを閉じると、

「ありがとうございます」

と、相手のさし出す紙片の束を受けとり、さっそく目を通した。

 そのレポートによると、ここでかなり大きな火災があったのは、今からおよそ四百ないし六百年くらい前。

 おおまかではあるが、彼の先祖が「あれ」の安置場所を見失った時期に重なる。

 やはり、ここにあることはまちがいなさそうだ。

 ブツを見つけたら、忙しくなるなぁ。

 虎光は、そんなことを考えながら報告書をしまおうとして、井出がまだその場にいることに気づいた。

「何でしょうか?」

 虎光が尋ねると、彼は、日に焼けた顔に少し困ったような笑いを浮かべた。

 年齢は四十歳をすぎているはずだが、日焼けのせいか、かなり若く見える。

「いや、マスコミへの発表をそろそろどうか、と思ってね。一般公開の日程も決めなければならないし、学会に出す論文のこともあるし」

 来たか。と、虎光は苦く思った。

「申し訳ありませんが、それはまだ少々お待ちください」

 肝心のブツがまだ出てねーのに、公表日程なんか決められるか。

 が、彼の内心のつぶやきなど知るよしもない、人の善さそうな教授はけげんそうに眉をひそめる。

「なぜかね。出土品は充分そろったし、あらかた発掘は終わったと思うが」

 どちらかというと整った顔立ちの鷹彦と違い、虎光ははれぼったい一重まぶたのせいで、どこか茫洋とした印象なのだが、こういう場面ではその一重まぶたのおかげで表情を読まれにくい。

「地元の観光協会から、連絡がありまして」

と、虎光はできるだけソフトな口調で言った。

「秋の行楽シーズンに合わせて歴史キャンペーンを催すので、公表はその直前くらいにしてもらいたいと。観光客を呼びやすくしたいそうです」

「なるほど、そいつはいいな」

井出はそう賛同しつつも、当惑気味にあごをなでた。

「しかしそれじゃあ、学会に論文が……いや、専門誌に寄稿すれば……」

などとぶつぶつ独りごちている「先生」を、虎光は醒めた目で眺める。

 うちがブツをがめたら、この先生、怒るだろーな。どうやってごまかすかな。

 そんなことを考えていた、そのとき。

「先生、ちょっと来て下さい!!」

 助手の大村が、あわただしく駆け込んできた。

「どうした。何か出たか」

 教授の質問に、彼は呼吸を整えるいとまさえ惜しむようにうなずき、言った。

「本殿跡ほんでんあとの地面から、妙なモノが出てきたんです!」


 外に出てみると、蒸し暑さは昼間と変わりなかったが、東の空には、すでに夕闇が迫りつつあった。

 大村の言う「妙なモノ」とは、巨石をくりぬいて造られた、重厚な柩ひつぎだった。

 幅は一メートル、奥行きは七、八十センチ、といったところだろうか。下半分がまだ土中に埋まっているため、正確な高さはわからないが、おそらく一メートルを越えるだろう。

 虎光たち三人が駆け足でやって来るのに気がつくと、石柩せきひつを取り囲んでいたほかの作業員たちは、誰からともなく道をあけた。

 作業員の中にはもちろん鷹彦もいる。

 彼は兄と視線を合わせると、目顔でうなずいて見せた。

 問題の物が出たのだ。

 石柩の表面は、長い間地中に埋まっていたせいでかなり摩耗まもうが激しかったが、驚くほど精緻な彫刻が施されているのが、かろうじて見て取れた。

 とくにふたの部分には、古代中国の饕餮とうてつに似た怪物の顔が彫り込まれ、その不気味につり上がった両眼は、燃え立つような夕暮れの空をまっすぐににらみあげていた。

 虎光は、柩のふたと本体の継ぎ目を見た。

 それはぴったりと合わさっている上に膠にかわか何かで接着した跡があり、ちょっとやそっとの力では開けられそうになかった。

 彼の隣で石柩をためつすがめつ調べていた井出は、魅入られたような表情で、

「すごい」

と、つぶやいた。

「こんな柩は見たことがないぞ。いや、世界中探したって類例は見つからんだろう。いったいなぜこんな物が……」

 彼は我を忘れると、考えていることを口に出してしまうクセがあるらしい。

 虎光は際限なく続きそうなその独り言を、適当なところでさえぎった。

「先生」

しなければならないことが山ほどある。

「明日、重機を呼んで、これを運ばせましょう。今日の作業はここまでということで」

「え?いや、しかし」

井出教授は驚き当惑した顔でスポンサーからの使いである虎光を振り返り、言った。

「一晩じゅうこんな場所に放っておくわけには」

「ご心配には及びません」

できる限り笑顔を絶やさずに。

「警備員を手配してあります。それまでは、僕が見ていますから」

 自分よりはるかに体格のいい青年から先回りしてそう言われ、井出は開きかけていた口をしぶしぶ閉じる。

「んむ……そ、そうか」

彼は今ひとつ納得のいかない顔で夜間照明器具を一瞥してから、助手の大村を呼んだ。

「お疲れさん、今日はここまででいい。作業員を解散させてくれ」



 蒸し暑い宵だった。

 九月だというのに、いっこうに涼しくなる気配がない。

 虎光は夏用スーツの上着を脱いで休憩所のパイプ椅子に引っかけると、だらしなくネクタイを緩めてシャツのボタンをはずしながら外に出た。

 夜間照明に浮かび上がる発掘現場は、急な雨や風で遺跡がくずれないよう、あちこちにブルーシートがかぶせてあり、一見すると何かの工事中にも見える。

 ひとけのなくなった現場は、むき出しの土の匂いばかりが鼻についた。

 警備員はまだ来ていないし、鷹彦は連日の屋外作業で疲れているだろうと先に宿へ帰した。

 ここにはもう、自分一人だ。

 彼はゆっくり歩き、一枚のブルーシートの前で立ち止まった。その下には、例の石柩がある。

 シャツの胸ポケットから携帯電話を取り出す。

「あー、もしもし。親父?虎光だけど」

彼はスラックスのポケットに手を突っ込み、送話口に話しかけた。

「見つかったぜ。そう。で、これどーすんの?……明日、実家に?結界つきアルミバンで?すげー。……あーはいはい、わかってますって」

見るともなく地面に目を落としながら言葉を続ける。焦げ茶色の、粘土質。

「それはそうと、あの先生はどーするよ?公表する気満々なんだけど?いや、今日はなんとかごまかしたけどさあ」

 と――

 そこで彼の声が途切れた。

 地面以外、何もなかったその視界に、いつの間にか人の足があった。

 見覚えのある、くたびれたトレッキングシューズ。

『どうかしたのか、虎光?』

 父親の声で我に返った彼は、

「わり、あとでまた連絡します」

と、早口で電話を切った。

 携帯を胸ポケットにしまいながら、視線をゆっくりとあげていく。

「いつここへ戻ってらしたんです?」

狼狽をできるだけ悟られないよう、彼は言った。

「……先生」

 トレッキングシューズの主は、井出教授その人だった。

「さっき、観光協会に電話をしてみた」

怒りを含んだ声。

「公表を遅らせろなどという依頼はしていないと言われたよ」

「そうですか」

 虎光は内心、ため息をつく。

「どういうことか、説明してくれ。いったい何のつもりだ。この遺跡をどうするつもりだ」

「遺跡についてはどうもしませんよ」

と、虎光。

「出土品もすべて、先生のお好きになさってください。マスコミに公表するもよし、学会で発表するもよし。ただ……」

彼は傍らのブルーシートに目を落とす。正確には、その下の石柩に。もう、開き直るしかない。

「この石棺だけは別ですが」

 一瞬の沈黙があった。

 井出は絶句したらしい。

「これは……この遺跡のかなめだぞ」

「知ってます」

「これが世に出れば、世界中の研究者から注目を浴びる」

「あなたはとても優秀な人です、井出先生」

虎光は笑顔を作った。表情の読みにくい一重まぶたで。

「こんな石棺などなくとも、素晴らしい論文を書けますよ。それで充分じゃありませんか?」

 風で、ブルーシートががさがさと音を立てた。

 汗ばむ肌を、生ぬるい、不快な風がなでていく。

「脅迫のつもりかね」

 教授の質問に、虎光はかぶりを振った。

「お願いしているんです。うちの会社が出資をやめれば、あなただって困るはずだ」

「自分のやろうとしていることの意味を、わかっているのかね」

 虎光はその質問には答えず、ただ黙って相手の顔を見た。

 あんたこそ、わかっているのかい。

 この柩の中に眠っているのが、何なのか。

 だが、その言葉が彼の口から出ることは、ついになかった。

 遺跡を囲っているガードフェンスの向こう側に、一台のワゴン車が止まるのを、彼は視界の端でとらえていた。

 白黒のツートンカラーに塗り分けられた、警備会社のワゴン。

「警備員が到着したようですね」

虎光は言った。

「すみませんが、僕はこれで失礼します。あ、それと、重機は明日の朝九時に入る予定です」

 それだけ言い残し、きびすを返す。

 その大きな背中を、こんな声が追いかけてきた。

「きみは、盗掘をしようとしているんだぞ!」

つぶてでも投げつけるように、井出は叫んだ。

「いいか、わたしは学者として、絶対にこんな行為を見逃したりはせんからな!!」

紅蓮の禁呪2話「破られたまどろみ・一」

  ことの発端は、夏休みのアルバイト探しだった。


 大学の長い夏休みを満喫するには、それなりの元手が必要である。

 だが、前期試験の結果がかんばしくなかった鷹彦たかひこは、文字通り追試に「追われた」ため、学生課などで紹介してくれるおいしいバイトには見事にあぶれてしまい、世間が夏休みに入ってしまってからも、自宅でアルバイト情報誌をめくってはため息をつく、という日々を送っていた。

 二人いる兄のうち、一人が彼にバイトの話を持ってきたのは、そんなときだった。


 兄たちは二人とも、すでに社会人になっており、父親が経営する会社にそれぞれ仕事を持っている。

 一番上の兄、竜介りゅうすけは、仕事なのか何なのか、たいてい家におらず、彼に声をかけてきたのは、二番目の兄、虎光とらみつだった。

「うちの会社が出資してる文化研究所が近畿地方で今、遺跡の発掘調査やってるのは知ってるよな?」

と、次兄は言った。

「俺、企業側のオブザーバーで、明日から現場入りするんだけど、おまえ一緒に来ねえ?」

 鷹彦の目には、そう言ってくれる兄の背後に後光がさして見えたものだ。

 てっきり、兄と同じオブザーバーか、さもなくば彼の助手のような仕事をするものと思ったからである。

 が、しかし。

 現実は甘くない。

 少なくとも彼は、仕事の中身をもっとよく聞いてからOKをするべきだった。

 なぜなら、虎光は現場に「来るか?」と尋ねただけで、「一緒にオブザーバーをやるか?」とは、ひとことも言っていなかったのだから。

 現場に着くや否や、軍手にタオル、つばの広い麦わら帽子、スコップ、それに刷毛はけを手渡された鷹彦は、その場に凍りついた――摂氏三十五度を超す気温にもかかわらず。

「いやあ、ちょうど人手が足りなくて、困ってたんだよ」

 調査隊を指揮している研究所の所長は、井出いでと名乗り、にこにこと笑いながら、そう言って彼にとどめをさした。

 鷹彦が誤解を解こうとするいとまもなく、井出は彼を大村おおむらという若い助手に紹介した。

「新しいバイトだ。作業のこと、いろいろ教えてやってくれ」

 鷹彦は助けを求めて兄のほうを見たが、無駄だった。

 虎光はにっこり笑うと、ぽん、と弟の肩をたたき、言った。

「じゃ、がんばってな」



 その夜、宿泊先の旅館で、鷹彦が兄にくってかかったのは、言うまでもない。

「詐欺だっ!!」

彼は廊下に筒抜けになるのもかまわず、大声で叫んだ。

「俺は明日、家に帰るからなっ。日には焼けるし、日当は安いし、やってられるかっ!」

「まあそう言うなって」

虎光は、弟の怒りをあまり深刻にとらえていないらしく、旅館の豪華な夕食を肴さかなに、上機嫌で一杯やっている。

「その代わり、宿泊先は俺と同じにしてやったろ。ほかの連中はみんな研究所の予算で、民宿泊まりだってのによ」

 鷹彦は、フン、と鼻を鳴らした。

「可愛い弟をペテンにかけやがって、それくらい当然だろっ。第一、何で俺が現場なんだよ?図体から見りゃ、虎兄のほうがどうしたっておあつらえ向きじゃんか」

 虎光の身長は二メートル近く、鷹彦より頭一つ分ばかり高い。

 しかも体格が良いので、黒服にサングラスをかければ会社員というよりは要人警護のボディガードか、その筋の人にしか見えない。

「鷹彦、お前」

 不意に、虎光が真顔になった。

 しまった。言い過ぎて、怒らせたかな?

 鷹彦がそう思いかけた、そのとき。

「さっきから料理にぜんぜん箸つけてねーけど、いらないんなら俺が全部食っていいか?」

 鷹彦は、一瞬でも反省しかけた自分を殴りつけたくなった。

「食うに決まってんだろっ!あんなガテンな仕事させられて、虎兄とらにいの分までもらったっていいくらいだぜ」

 そう言うや、彼は箸をとり、猛然と料理を口に運び始めた。

 その食べ方は、おせじにも料理を味わっているとは言い難いような早食いだったけれど。


「実は、お前にちょっと訊きたいことがあるんだ」

 食事をあらかた終えた頃、虎光があらたまった口調で言った。

「あの場所にいて、お前、何か感じなかったか?」

「あぁん?」

 周りに他人がいない気安さからか、行儀悪くつまようじで歯をせせっていた鷹彦は、面倒くさそうに返事をする。

「何かって、何?」

「首の後ろ。チリチリしなかったか」

 その言葉に、鷹彦の表情が変わる。

 歯をせせるのをやめ、彼は首筋に手をやった。

「そういえば……」

 現場にいたとき、ずっと髪の生え際がひりひりしていた。

 日に焼けたせいだと思っていたが――今は、あの不快な感覚が、きれいに消えている。

「虎兄。あの遺跡って、まさか……」

 虎光はニヤリと笑った。

「たぶん、そのまさかさ」

「何だよ。バイトなんて回りくどいこと言わずに、判定させたかったんならそう言やいいのに」

「先入観はないほうがいいだろ?それに、人手が足りなかったのは事実だし」

 飲むか?と虎光は弟にも杯を勧めてやり、続けた。

「俺は魂縒たまよりを受けてないから、判定できねーしな。まあでも、こりゃ間違いなさそうだ」

「竜兄りゅうにいに連絡しなきゃ」

「だな」

虎光はうなずいた。

「五百年間、ご先祖様が探しに探してきた代物が、ようやく見つかったってんだから」

紅蓮の禁呪1話「序曲」

 人の一生のうち、その後の人生すべてを変えてしまう運命の日というものがあるとすれば、彼女にとっては、あの日がまさしくそうだったに違いない。


 それは、小学校に上がって最初の夏休みのことだった。

 午睡ひるねから目を覚ますと、家の中から人の気配が消えていた。

 彼女は、自分の守り役であり、早くになくなった母親の代わりでもある祖母を呼びつつ、彼女のいそうな場所をあちらこちらと見て回ったが、やはりどこにもいない。

 孫が寝入ったのを見計らって、少しのあいだのつもりで、つかいに出てしまったらしい。

 寝起きにひとりぼっち、という心細さに追い打ちをかけるように、突然、それまでうるさいくらい鳴いていた蝉セミが、一斉に鳴きやむ。

 そのとたん、家の中は水を打ったように静まり返り、少女は世界にたった一人で置き去りにされてしまったような寂しさに襲われた。

 泣き出しそうになるのをこらえるため、彼女は懸命に何か楽しいことを考えようと努めた。

 およそ子供の考える「楽しいこと」は、大人から見れば眉をひそめたくなるようなことが多いが、彼女が思いついたそれも、例外ではなかった。

 すなわち。

 危ないから近づいてはならない、と祖母から厳命されている場所へ、行ってみること。


 少女の家は、古ぼけてはいるが、東京近郊にしては広かった。

 どれくらいかといえば、庭の隅すみに、小さいながらも蔵があるほどだ。

 祖母から言い聞かされた話によれば、その蔵には死んだ祖父が大事にしていた品々が納められているらしい。

 中の物を壊したりしてはいけないからという理由で、今まで一度も中へ入ることはおろか、近づくことも許してもらえなかった。

 もっとも、近づくことが許されなかったのは、古くなった土壁が落ちて、怪我をするおそれがあるためだったようだが。

 とにもかくにも、幼い彼女にとっては、いわば家の中にある最後の秘境のような場所。

 「楽しいこと」とは、他でもない、その秘境探検に乗り出すことだった。


 鍵のありかは、祖母が出入りするのをこっそり見て憶えていた。

 果たして、鍵はその通りの場所にあった。

 蔵の入り口までやってくると、少女はドキドキしながら南京錠を外し、引き戸を開ける。

 錠前も戸も、普段から手入れされているようで、少しきしんだほかは、ほとんど音を立てなかった。

 そっと中を覗くと、そこは蝉の声がうるさくて蒸し暑い外界とは別世界のように、ひんやりと暗く、静かだ。

 蛍光灯は見あたらず、天窓から差し込む自然光だけが、地面のあちこちに頼りなげな明るい輪を作っている。

 意を決して中へ踏み込むと、つんと湿ったカビの匂い。

 左右には背の高い棚が並び、その棚の一段一段に、大小さまざまな形の木箱がきちんとおさまっていて、それがずっと奥まで続いている。

 木箱には一つずつ中身を示す文字が書かれていたが、いずれも達筆すぎる上に漢字も多く、小学1年生の彼女には読めるはずもなかった。

 開けてみたかったけれど、あいにく和紙の封印がかけてあって、破ればすぐに分かるようになっていた。

 ちぇっ、つまんないの。

 次第に退屈し始めた少女は蔵の最奥まで一通り見てしまうと、早々にきびすを返しにかかった。

 と、そのとき。

 誰かに呼ばれたような気がして、足が止まる。

「……だれ?」

 耳を澄ます。

 辺りを見回す。

 遠い蝉の声以外、何も聞こえない。

 誰もいない。

 それなのに、何かが――そう、誰か、ではなく、何かが、自分をしきりに呼んでいる。

 そんな気がする。

 彼女は、再び奥へ向かおうと一歩踏み出しかけて、ふと足元を見た。

 履いていたサンダルの立てる音が、不意に変わったからだ。よく見ると、なぜか地面が四角く掘られ、そこにベニヤ板がはめ込まれている。

 下は空洞らしく、歩くと明らかに足音が変わった。


 この下に、なにかある!


 少女は、下を見てみたいという、猛烈な好奇心に駆られた。

 もし、板のまわりに指を差し入れられるような溝みぞがなかったら、彼女は道具を探してでもその板を持ち上げようとしただろう。

 が、そうするまでもなく、薄いベニヤ板は、少女の力でも、難なく持ち上がった。

 それが彼女にとって幸いだったのか否かは別として。

 湿った土の匂いがむっと鼻をつき、彼女は顔をしかめた。

 中は真っ暗で、土を盛り上げて踏み固めただけの階段が、闇の奥へと消えている。

 ここだ。

 ここにいる。

 何がいるのか、それは彼女自身にも分からない。

 が、とにかく、「そこにいる何か」に会わなければ、という思いだけが、どんどん強くなっていく。

 それは今や、暗闇への恐怖さえも駆逐くちくしていた。

 行っちゃだめ。

 もう一人の自分が、頭の中でささやく。

 けれど、その声はあまりにも小さく、階段を下り始めた少女の足を止めることはできなかった。


 そして、そこには確かに、運命が待っていた。

 引き返す道のない、運命が。

紅蓮の禁呪5話「ささやかな余波」

 「しつこいなー、やだっつってんじゃん!」

 放課後の校内に、女子生徒の怒鳴り声が響きわたった。

 折しも終業直後で、廊下は教師や生徒であふれていたため、誰もが、何事かといっせいに声のほうを振り返った。

 そこには女子生徒が二人いた。

 片方は、背中の半ばくらいまでのびた長い髪をみつあみで一つにまとめた、大きな瞳の、勝ち気そうな少女。

 もう一人は、天然パーマらしい軽いウェーブのついている髪を肩先くらいまでのばした、おとなしそうな、可愛らしい感じの少女である。

 天然パーマの少女のほうは、思いがけず衆目を集めてしまったことにおろおろしながら

「すみません」

とか

「何でもないですから」

と、恥ずかしそうに繰り返していたが、もう一人のほうは、憤然ふんぜんとそっぽを向いている。

 どうやら怒鳴り声の主は彼女で、ただの女の子同士のケンカらしいとわかると、ギャラリーからは失笑が漏れ、まもなく、元通り誰も彼女たちに関心を払わなくなった。

 謝っていた少女は顔を赤くしながら、傍らの少女に向き直り、小声で言った。

「もー、紅子べにこってば、カンベンしてよ~。あんたの声、よく通るんだからさ~」

「だってあたし、部活行きたくないし」

紅子と呼ばれた少女は、怒った口調で言い返す。

「だいたい、春香(はるか)が一人じゃ心細いって言うから、つきあいで入部しただけなのに、何であたしがこんなことになるわけ?正直、めんどーなんだけど」

 とかなんとか、彼女はブツブツと文句を言い続け、部室へ向かおうとしない。

 しかし、恥をかかされたこともあって、春香の堪忍袋にも限界が来たらしい。

 彼女は目をつり上げると、

「いきさつはどうあれ、現音に入部したんでしょ!?」

と、ついに凄まじい剣幕で怒り出した。

「だったらつべこべ言わずにとっとと部活に行って練習すんのよ!」

 普段あまり怒らない人間が本気で怒ると怖い、とはよく言われる。

 実際、このときの春香の迫力は凄絶だった。

 しかも、勢いにまかせて、彼女はとんでもないことまで言い出した。

「学祭まで、もうそんなに日にちもないっつーのに、いつまでもうじうじブツブツ言ってんじゃーないわよっ!それ以上文句たれると、小学校一年のときまであんたがおね」

「わぁっ、わかった、わかりました!」

紅子はあわてて友人をさえぎった。

「部活でも何でも行くから、その話はやめて!」


 現音、というのは、彼女たちの通う高校にある、現代音楽研究部の略称である。

 とはいえ、別に現代音楽を理論的に研究したりしているわけではなく、完全な「実践」重視、つまり、単にロックやポップスが好きで、バンド活動をやりたい生徒たちの集まりだ。

 要するに軽音楽部なわけだが、この部は毎年の学園祭では体育館を借りて一時間程度ライブを開くのが恒例になっていた。

 ステージに立つメンバーは本来、有志である。だから、紅子は、音響などの裏方要員として入部したつもり、だったのだが――

 どういう間違いからか、推薦されてしまったのだ。

 バンドメンバー、それも、ステージ中央に立って歌う、リードボーカルとして。

「藤臣(ふじおみ)先輩じきじきのご指名なんだからね!本番で先輩に恥かかさないでよね!」

 春香は折に触れ、紅子にそう厳命したものだ。

 藤臣は現音の三年生で、副部長をつとめている。

 校内屈指の美形男子生徒でもあり、紅子に限らず、藤臣と一緒にステージに立つ部員は本番で何か失敗をしたら、彼のファンから凄まじいブーイングを受けるに違いない。

 彼を狙って現音に入部している女子部員は多い。

 部内は半ばファンクラブと化していて、春香もそのメンバーの一人。

 恋愛に興味がない紅子には理解できない世界である。


「でもさぁ、今更だけど、なんであたしなのかなぁ」

しぶしぶ部室に向かいながら、紅子が言った。

「あたし、死んだばーちゃんからずーっと音痴だって言われてて、歌なんか褒ほめられたことないしさ。音楽の成績がいいわけでもなし、カラオケも嫌いだし……」

 春香の眉がぴくりと動く。

「……つまり、先輩のセンスがおかしいって言いたいわけ?」

 その通りだと紅子は答えたかったが、剣呑な相手の口調に、「いえ、そんなことは……」と、笑ってごまかした。

「でも、マジな話、あんまり目立つと困るんだけどな。せっかく中学時代の知り合いがほとんどいない高校に進学できたのに、目立たずおとなしく静かに高校時代をすごす、ってゆー、ばあちゃんの遺言にそえなくなるじゃん?」

「あ……そっか。そうだよね」

春香は神妙な顔になって言った。

「ゴメン。わたし、浮かれちゃって……なんか、自分が指名されたみたいな気がして」

「まあ、たった一時間のライブだし、一回くらいなら大丈夫かな」

「何が大丈夫なんだい?」

 不意に背後で、聞き覚えのある声がした。

 二人が慌てて振り向くと、そこには、肩にギターケースをかけた、ほっそりとした長身の美少年が立っていた。

 明るい栗色に染めた少し長め髪と、左耳に光るピアスが少し気障きざな感じだが、彼の甘い顔立ちにはよく似合っていた。

「藤臣先輩!」

春香は、憧れの人から声をかけられた驚きと喜びに頬を紅潮させながら、少年に向き直った。

「こ、これから部活ですか?」

 そう尋ねた彼女の両目に星が瞬き、背後には花が舞っているのを、紅子は一瞬、見たような気がしたが、それはさすがに何かの錯覚かもしれない。

 ともかく、後輩からの熱のこもった視線を知ってか知らずか、彼はにっこり笑って「そうだよ」うなずいた。

「じゃ、あの、私たちもご一緒していいですか?」

 気さくな美少年は柔らかな笑顔のまま、ふたたび首肯。

「もちろん」

 春香はチャンス到来とばかり、藤臣と並んで歩きながら、やや興奮気味に、あれこれと話しかける。

 紅子はそんな友人を後ろから眺め、ひそかに苦笑した。

 春香って、本当に先輩のことが好きなんだなぁ。

 あたしには、恋愛ってよくわかんないけど。

「あ、そうだ」

 それまで、春香の一方的なおしゃべりに、ただニコニコと相づちを打っていた藤臣が、そのとき突然、何かを思いだした様子で、紅子のほうを振り向いた。

「一色いっしき、この前渡したMD、どうだった?」

「あ、はい」

 紅子はあわてて返事をした。

 そういえば、学祭のライブで演奏する曲の入ったMDを渡されて、自主練習するようにと言われていたのだった。

「あの、三曲目がちょっと歌いにくいんですけど。サビのとこ、キーが高くて」

「じゃあ今日はそれ、半音下げて練習するか。あとは?」

 紅子は言葉に詰まった。

 MDにはあと二曲ほど入っていたが、あまり練習できていない。

「あとは、まだ、ちょっと……」

 そう言葉を濁す後輩に、藤臣は困ったように笑った。

「なんだ、しょーがないなぁ」

「すみません。最近、宿題多くて」

 紅子は言い訳をしながら、この先輩の温厚さに感謝する。

 彼が滅多に怒らない人物であることは部員のあいだで半ば伝説と化しているが、なかなかに真実なのかもしれない。

 さて、そうして会話が続くうち、藤臣と肩を並べて歩いているのは、いつしか春香ではなく、紅子になっていた。

 背後から発せられる友人の微妙な視線に、まずい、とは思ったのだが、努力も虚しく、まもなく部室に着いてしまった。春香にはあとで謝っておこう。


 紅子たち三人が入っていくと、それまでひとかたまりになって、何やら深刻な顔でヒソヒソしゃべっていた部員たちが、藤臣の所へ集まってきた。

「どうかしたのか?」

 藤臣が怪訝けげんな顔で訊くと、三年の男子部員が言った。

「井出が……しばらく学校に来られなくなったんだ」

 どうして、と誰かが訊く前に、別の三年の女子部員が言葉を引き継いだ。

「昨日、近畿地方の黒滝って遺跡で起きた爆発事故のニュース、知らない?」

 そのニュースなら、紅子は知っている。

 今朝、学校へ出かける前にテレビで見たばかりだった。たしか、死者が二人。

 だが、藤臣は知らなかったようで、黙ってかぶりを振った。その顔が青ざめて見えたのは、気のせいだろうか。

 先輩女子部員が続けて言った。

「井出君のお父さんね、あの遺跡調査の責任者で」


 爆発に巻き込まれて、亡くなっちゃったんだって。


 女子生徒の何人かが、鼻をすすり上げるのが聞こえた。

「爆発がひどくて、遺体も残ってないらしいぜ」

 このニュースについてよく知っているらしい男子生徒がそう言うと、

「井出先輩、かわいそう……」

と、女の子たちが涙声に変わる。

   藤臣は沈痛な面もちで、頭を抱えた。

「なんてこった……」

「それでさ、井出のパートなんだけど、一年生か二年生から代役立てたほうがいいと思うんだ」

と、また別の三年生が言った。

「たぶん、学祭には出られないと思うんだよね……そんな気にもなれないだろうし」

「そうだな」

藤臣は顔をあげ、言った。

「じゃあ、学祭が終わってから、みんなで焼香に行くか。代役は……一年か二年でキーボードできるヤツ、いたかなぁ」


 部室内が、やや湿っぽいながらもいつもの雰囲気を取り戻しかけたのを見計らって、紅子は春香に小さな声で謝った。

「さっきはゴメン。春香、先輩と話してたのに」

「え?あー、あんなのぜんっぜん気にしてないよ」

 春香はそう言って笑うと、続けて、何か言いたそうに口を開いた。と、そのとき。

「一色。ちょっとこっち来て」

 また藤臣の声。

 紅子は「またあとでね」と友人に小さく手を振ると、背を向けて行ってしまった。

 紅子を呼び寄せた藤臣は、彼女に譜面を見せながら、何か説明している。

 春香の目に、二人はお似合いに見えた。

紅蓮の禁呪4話「破られたまどろみ・三」

  警備員に現場の引き継ぎを済ませて宿に戻ると、時計は夜の九時を指そうとしていた。


 給仕をする仲居には思い切りいやな顔をされてしまったが、旅館の夕食にぎりぎり間に合ったのは、虎光にとってこの日一番の幸運だったといえる。

 何しろ、午後三時頃、事務所兼用の休憩所に置いてあった誰かの差し入れらしい缶入りクッキーを食べたあとは、ペットボトルのウーロン茶以外口にしていなかったのだから。

「一日何も食わないと餓死する生き物って、何かいたよなぁ」

 着替えもせず、猛烈な勢いで空腹を満たしていく兄を眺めながら、とうに旅館の浴衣に着替えてくつろいでいた鷹彦がしみじみと言う。

 彼はこの二週間でずいぶんと日に焼けていた。

 虎光は吸い物で口の中の料理を食道へ流し込むと、弟を軽くにらんで、

「お前、ときどき失礼だね」

と言い返した。

 食事を終えて風呂に入り、のりの利いた浴衣に着替えると、ようやく人心地ついた気がした。

 井出との対決で思ったより自分は神経をすり減らしたのだと今頃になって気づく。肩に力が入ってがちがちだ。

「はー、頭いて……」

 食事のあとを仲居がきれいに片づけて行ったローテーブルに突っ伏し、思わずつぶやくと、布団に寝転がって携帯電話をいじっていた鷹彦がのんびりした口調で言った。

「なんかあったのか?」

 こいつには、話しておいたほうがいいだろうな。

 虎光は少し考えてから、

「実はさ……」

と、宵に入ってからあったことを弟に話した。


「へええ。学問以外興味ありませんって顔したあのセンセーがねえ」

ひと通り話を聞き終えると、鷹彦はそんな感想を口にした。

「今頃、あちこちの新聞社や雑誌社に電話かけまくってたりしてな」

「万一そうだとしても、親父がうまくやってくれるだろ」

虎光は肩をすくめた。

「俺たちは明日、あのブツを無事にうちの本宅に送り出すだけだ」

「明後日からまた大学かあ」

鷹彦はそう言って大きくのびをした。

「しっかし、よりによって俺たちの代で見つかるとはね。早いとこ実家に送ってお役御免となりたいぜ」

「怖いのか?」

 兄の質問に、彼はむっとした様子で口をとがらせた。

「虎兄はどうなんだよ」

 虎光は、「笑うなよ」と前置きしてから、

「怖い」

と、率直に感想を述べた。

「あの饕餮紋(とうてつもん)を見てると、足に震えがくる。……変だよな。俺はお前や兄貴みたいに魂縒(たまより)を受けてねえのに」

「俺らのDNAに刷り込まれてるんじゃねーの?あれに対する恐怖、ってやつがさ」

「かもしれんな」

虎光はテーブルに頬杖をつくと、ふーっと長いため息をついた。

「うちがなんで血眼になって五百年もあれを探し続けてきたか、頭ではわかってたつもりだったけど、実際にこの目で見てやっと実感できたぜ。よく今まで人目につかずに埋もれてたもんだ」

「もし何も知らないやつが見つけて、こじ開けでもしてたら……」

「想像したくもないね」

と、弟の言葉を引き継いで、彼は肩をすくめた。

 それを見た鷹彦が、感心したように「ふーん」と鼻を鳴らす。

「虎兄にも、そーゆーことってあるんだな」

「何だと?」

 虎光はいささかむっとして相手をにらみつけたが、鷹彦は慣れているせいか動じるふうもなく、

「いやさ、虎兄ってそのガタイだし、きっと脳みそまで筋肉なんだろうなぁなんて思ってたんだよね」

などと、この上なく失礼なことを言い出す。

「ごめん。俺、虎兄のこと見直した。あなたの脳みそにはちゃんと神経通って」

 ごん。

 鈍い音が鷹彦の脳天に炸裂し、目から火花が散った。

 虎光の鉄拳が下ったのだ。

「いってええええっ。首の骨折れた」

「折れるか、アホ!ちゃんと手加減しとるわ」

 と、そのとき。

 電子音が室内に鳴り響いた。携帯電話の着信音。二人のうち、どちらのものだろう。

 虎光は卓上に置いた自分の携帯を見たが、音はそこからではなかった。

 痛みで涙目の鷹彦が自分の荷物から携帯を取り出すと、果たして着信は彼のものだったらしい。フリップを開いたとたん、彼の表情がたちまち明るくなった。

 虎光が横から画面を覗き込むと、「りさでーす♪」というメールのタイトルが表示されている。

「りさ?誰?」

と、声に出して訊くと、弟から待ってましたとばかりに

「昨日まで東京からこの旅館に泊まりに来てた女子大生♪ナンパしたらメアド教えてくれたの♪」

という返事。

 いつの間に……というか、まめまめしいというか……。

 虎光はあきれかえって声も出ない。

 そんな兄の心中など知らない鷹彦は、

「さっきデートに誘ったから、その返事だぜ、きっと」

と、つい数分前まで深刻な話をしていたのが嘘のような浮き浮きとした表情でメールを開いた。

 ところが。

 次の瞬間、やにさがっていた彼の顔から笑みが消え、泣き顔に変わった。

 その劇的な変化は、虎光が別の意味でしばし言葉を失うほどだった。

「ど……どうかしたのか?」

 彼が尋ねると、弟はただ黙って携帯を差し出した。

 その画面には、こんなメッセージが表示されていた。

「Fromりさ Subりさでーす♪ ごっめーん。遊び行けないですぅ。今日、元彼からもとさやメール来ちゃった☆てへ☆

でも、紺野くんはいい人だから、お友達でいたいな(はぁと)」


 床についてから、虎光はなかなか眠れずに天井を見上げていた。

 隣からは、弟の軽いいびきが聞こえ、そこに時折、「ちくしょー」だの、「女がなんだぁ」というような寝言が混じる。

 平和なヤツ。

 虎光は苦笑して目を閉じた。が、石柩のことが頭を離れない。

 警備員に現場の引き継ぎを終えて事務所兼休憩所を出たときには、もう井出教授の姿はどこにもなかった。

 善後策を練るために宿に戻ったのだろう。

 兄貴にも来てもらったほうがよかったかな、と思うが、今更だ。

 彼は余計な心配を振り払うようにかぶりを振った。

 警備もつけてあるし、何も起こるはずがない――

 そう自分を安心させながらしばらく眠りの浅瀬を漂ったあと、ようやく深みに落ちようかという状態になった、そのとき。

 彼の眠りは、電話の呼び出し音によってあっけなく破られてしまった。

 鳴っているのは、携帯ではなく、床の間に置かれた旅館の電話だった。

 枕元に置いた腕時計を見ると、午前一時。

 いやな予感がした。

「こちらフロントですが、紺野さまですね」

受話器を取ると、若い男の声が言った。

「警察から、お電話が入っています。おつなぎしてよろしいでしょうか?」



 虎光と鷹彦が駆けつけたとき、発掘現場は夜中にも関わらず、まるで白昼のような騒ぎだった。

 あたりはサーチライトで照らされ、あちこちでパトカーの赤色灯が瞬き、警察関係者がうろうろしている。

 石柩は、影も形もなかった。

 それがあったはずの場所は、一面血の海で、粉々になった柩のかけらが散乱していた。

 虎光は遺跡に三人の警備員をつけていたが、彼らは皆、休憩所の隅で、ガムテープで目と口をふさがれ、両手両足を縛られた状態で発見されていた。

 幸い、命に別状はなかったが、頭を鈍器のようなモノで殴なぐられて気絶させられていたため、その後のことは何も覚えていなかった。

「彼らが言うには、ここの現場責任者の井出と大村が、急に調べたいことができたと言って来たので、あなたがたに念のため確認をとろうと、とりあえず休憩所に入れたところ、後ろから殴られたのだそうです」

担当の刑事が言った。

「現場からはほかに、こんなモノが見つかってます」

 そう言って、大型の懐中電灯、デジタルカメラ、それに、金属製の細長い板二枚を二人に見せた。

 懐中電灯はひびが入り、デジタルカメラは、それがかつてカメラだったと言われればそうかとわかる程度にしか形状をとどめていない。

 そして、最後の金属板は石柩のふたをこじ開けるには最適の形をしていた。

 井出と大村は、あの石柩とその中身をカメラにおさめるために来たのだ。

 自分たちが学界に提出する論文の証拠とするために。

 そして、虎光たちがやろうとしていたことを告発するために。


 石柩の中身がなんなのかも知らずに。


 警察の事情聴取が終わるとすぐに、虎光と鷹彦は父親の携帯に連絡を入れた。

 使えるかどうかさえわからず、彼らにとってはできることなら使いたくない「切り札」が必要になったことを、沈んだ声で告げた後、二人は現場に漂う、血なまぐさい臭いをかいだ。

 それはまるで、これから起こることを暗示するかのように、彼らを慄然とさせたのだった。

2023年4月8日土曜日

BingのAIチャット機能で小説書けるかな

 Edgeに組み込まれているBingにAIチャットがブログの下書きもしてくれるらしいので使ってみました!

画面上段の「チャット」「作成」「分析情報」から「作成」を選ぶ。

文章の「トーン」は「カジュアル」。

形式は「ブログの投稿」。

文章の「長さ」は「中」。

そして私が投げかけたのは、以下の文章↓

人類が肉体を捨ててデータとなり、AIと融合して生きる未来で、肉体を捨てなかった旧人類として生きる主人公が、肉体を持たない新人類と出会う物語

生成されたのは以下の通り↓

text

こんにちは、ブログを読んでくれてありがとう。今日は、最近読んだ本の感想を書きたいと思う。その本のタイトルは「データとなった人類」で、人類が肉体を捨ててデータとなり、AIと融合して生きる未来で、肉体を捨てなかった旧人類として生きる主人公が、肉体を持たない新人類と出会う物語だ。


この本は、SFと恋愛の要素が混ざった作品で、主人公の旧人類は、自分の肉体を大切にする一方で、データとなった人類にも興味を持っている。ある日、彼はインターネット上で、自分と同じ名前を持つ新人類と出会う。彼女は、データとなった人類の中でも特別な存在で、AIとの融合によって高い知性と感情を持っている。彼女は、旧人類の世界にも興味を持ち、主人公と交流を深めていく。


この本は、現代のテクノロジーの発展と人間性の問題について考えさせられる作品だ。データとなった人類は、自分のアイデンティティや価値観をどう保つのか。旧人類は、自分の肉体や感覚をどう大切にするのか。そして、二つの異なる種族がどう共存するのか。この本は、そういった問いに答えることはしないが、読者に考えるきっかけを与えることはする。


私は、この本のストーリーとキャラクターに引き込まれた。主人公と新人類の関係は、徐々に深まっていくが、それぞれの立場や環境の違いからも葛藤や衝突が起こる。しかし、彼らは互いに理解しようと努力し、愛情を育んでいく。彼らの恋愛は、現実的ではないかもしれないが、美しくて切ないものだった。


この本は、SFファンや恋愛ファンにおすすめしたい作品だ。データとなった人類と旧人類の世界観や文化の違いが興味深く描かれており、恋愛も感動的でロマンチックだ。この本を読んで、自分もデータとなった人類や旧人類と出会ってみたいと思わせられるかもしれない。

―――ここまで

なるほどねえええ~、こうくるか!って思いましたwww

「データとなった人類」って…タイトルからしてまんますぎるし、正直、想像の斜め上をいくようなことはありませんでしたね。

でも、コンピュータが月並みとはいえここまでの物語を生成できるほどに進化したということについては、たいへん面白いなあと思いました。

もしも何十年か後の未来、AIがグレッグ・イーガンばりの本格SFを書くようになったとしたら…

人間の作家なんてあっちゅうまにお払い箱かな…(;´∀`)ちょっと怖い

エジプト旅行2026⑥~カイロ歴史地区観光!そして帰国

カイロ歴史地区観光 エジプト滞在最終日 です~! 本日のお土産屋さんタスク😂はカルトゥーシュのお店だったんですが、ガイドさんによると 「オーナーが寝坊したので11時過ぎないと開かない」 というホントかウソかわからない理由で後回しになりました😂 この日の行き先は旧カイロ地区。 ...