会社の同僚に誘われて、クリスマスの仮装パーティーにメイド服で参加したら、本物のメイドに間違われた。
「ちょっとそこのあなた、このお皿、下げて」
「君、新しいシャンパン持ってきてくれ」
有名シェフ監修の料理が食べ放題というだけあって、大盛況のパーティーだ。
ホテルの宴会場が人で埋まっている。
場内には宝飾類の展示即売会が併設されていて、どうやらお手頃価格のおいしいランチで客を集めて、シャンパンだのワインだので気が大きくなったところで衝動買いしてもらおう、というのが業者側の魂胆らしい。
商品はすべてガラスケースにおさまっており、立食形式なので客は飲み食いしながら自由に見て回れるようになっている。
商談したい場合はひとまず飲食物を置いて別室へ通されるシステムらしく、宝石店のスタッフらしい黒スーツに連れられて行く客をちらほら見かけた。
が、私のような薄給の会社員には縁のない話であるのでそれはどうでもいい。
問題は、料理や飲み物に気を取られているうちに、そばにいたはずの同僚がいつの間にかいなくなっていたことだ。
スマホは持ち込み禁止と受付で言われてコートと一緒にクロークに預けたため、連絡手段はない。
そのうち飲み食いにも飽きてくる。
仕方ないので壁際に突っ立っていたら、何だか用事を言いつけられまくり始めた。
これは本物のメイドに間違われているんだなと気づいたけど、いちいち否定するのも面倒なので、言われるまま黙ってグラスや皿を片付けたり、新しいシャンパングラスを運んだり、何か尋ねてくる客を他のスタッフにつなげたり。飽きたら帰ろう、などと思いつつ動いていた。
子供の頃から、周囲に流されるタイプとよく言われる。
ちなみに仮装といってもさほど気合いの入った参加者はいない。
女性はたいてい魔女っぽかったり、某有名テーマパークのプリンセスみたいなドレス。
男性はスーツにマントを巻いた簡易ドラキュラ伯爵とか、チンピラみたいな海賊とか。
そして全員、招待状と一緒に送られてきたマスクを着けている。
目の周りだけ隠すデザインで、色はシンプルな黒。
私は子供の頃見た某動物アニメを思い出した。
なんだっけ、怪傑ゾロr……とかいうやつ。
このパーティーには、一緒に来た同僚の他にも私と同じ会社の人間が何人か参加しているらしいのだが、マスク(と衣装)のせいで誰が誰だかさっぱりわからない。
来る途中で同僚から得た情報では、参加者の中には、私が苦手な形部(かたべ)係長もいるらしい。
社内でも有名な、カタブツ形部。
たしかに仕事はできる。
頭のキレる人だと思う。
でも、周囲に厳しくて、誰かが冗談を言っても、いつもスン……と真顔。
メガネハンサムというのだろうか、容姿はまあまあだし昇進の噂もあるので、狙ってる女子社員がいるらしいけど、浮いた噂も聞かない。
いつも定時帰り、飲み会も参加しない。
そのせいかどうか、うちの部署では全員参加の飲み会というものはいつしかなくなってしまった。
ま、お酒が苦手な私には、ありがたいことではある。
さて、そんなこんなではぐれた同僚を目で探しながら、言われるままあちらで空いた皿を下げ、こちらでグラスにシャンパンを足し、などなど、もはや本物のメイドとして時給をもらってもいいんじゃないかと思えるくらい動いていたら、さすがに小腹が空いてきた。
客なんだから遠慮はいらぬとばかり、料理を小皿に取って食べていると、少し年かさの魔女が私に言った。
「あなた、食事なら控室でお取りなさいな。お客の料理をつまむなんて、怒られるわよ」
パーティー参加者は全員、肩の目立つところにオレンジ色のリボンをつけている。
私ももちろんつけているのだが、どうやらリボンは彼女の目に入っていないらしい。
どう返答したものか、私が曖昧に
「はあ……」
と答えると、魔女は気分を害した様子で、さらに何か言おうと口を開いた。
と、そのとき。
「彼女はパーティーの参加者ですよ」
男性の声が言った。
振り返ると、メガネをかけたインテリヤクザみたいな海賊がいた。
なんとなく見覚えのあるフレームなしメガネ。
「肩にリボンがあるでしょう」
そう言われた魔女は私の肩を改めて見て、
「あ、あらほんと!ごめんなさい、あなたが紛らわしい格好しているものだから……」
などと、ちょっとバツが悪そうに笑いながらそそくさと立ち去って行った。
「ありがとうございます」
助けてもらったので礼を言うと、
「君ももう少しはっきりと、自分はお客ですと主張したまえ」
お小言を頂戴した。
この声、口調、どこかで……?
「あの、もしかして」
形部係長ですか、と言いかけたそのとき、
「ミナト!」
という声がして、なんだかキラキラしたものがこちらへ近づいてくるのが見えた。
肩より上で切りそろえた真っ直ぐな黒髪の耳元に大ぶりのイヤリング。
アングルカットの前髪がおしゃれだ。
キラキラして見えるのは、着ている紫のドレスに散りばめられたラメのせいだろう。
だけど。
紫色のドレスを着た……女?
いや、違う。
身体の線がばっちり出るドレスの胸元を押し上げているのは、どう見ても大胸筋だった。
身長は、190センチ近くあるだろうか。
ノースリーブの肩に盛り上がる上腕二頭筋と、長いスカートの前部分に開いた大きなスリットから歩くたび見え隠れする立派な下腿三頭筋。
ちなみに腕も脚もツルツルだ。
目元がマスクで覆われているため、詳しい顔立ちはわからないけれど、がっしりした鼻筋と顎、そして極めつけは喉仏だった。
間違いなく男だ。とりあえず、見た目は。
何の仮装なのか、そもそも仮装なのかどうかすらわからないが、彼(というべきだろう、たぶん)のドレスが照明を浴びて放つ輝きのみならず、その全身から漂う迫力に気押されたのだろう、彼の進行方向に沿って人垣が左右に分かれる様は、見ていて壮観だった。
紅海を渡るモーセもかくや。
彼は形部係長らしき人物につかつかと歩み寄ると、
「あんた、今日は一応アタシのエスコート役なんだから、勝手にどこか行っちゃうのやめてよね」
と、子どもに注意するような口調で言ってから、こちらを見た。
ほんの一瞬、私の肩のリボンに視線を止めてから、にっこり。小さい子供が見たら泣くんじゃないか。
「こんにちは」
紫ドレス男は私に向かって言った。
「かわいいメイド服ね。自前なの?」
「いえ、会社の同僚から借りたんです」
私は正直に答えた。
「このパーティーもその人と一緒に来てたんですが、はぐれちゃって」
私は彼ら二人の関係性が気になりすぎて、思わず尋ねた。
「お二人は、お友達どうしですか?」
「いいえ、兄弟なのよ」
「アキラ!」
紫ドレス男が即答する横で、係長らしき人物が慌てて遮ったが、もう遅い。
「大きな声出さないでよ、みっともない」
アキラという名前らしい紫男は憮然として言った。
「あとその名前で呼ばないで。私はシオンよ、シ・オ・ン」
噛んで含めるようにそう言われて、係長らしき男、ミナトは苦い顔になり、何やらブツブツ言いながら引き下がる。
私は俄然この二人に興味が湧いてしまった。
あのカタブツ形部にこんな強烈な兄弟がいる(かもしれない)のだ。面白すぎる。
私はなんとかして(主にインテリ海賊が係長だという確証を掴むために)彼らともう少し話をしたいと思ったのだが、どういうわけか紫男のほうも私に興味津々らしく、幸いにもというべきか、我々の会話は続いた。
「このパーティーには何度かいらしてるんですか?」
と私が尋ねると、
「いいえ、初めてなのよ。ずいぶん盛況なのね」
あなたは?と訊かれて、私は自分もこのパーティーは初めてだと答えた。
「訊いてもいいかしら?はぐれた同僚の方って、男性?」
私は頭を振った。
「女性です。私と同年くらいの」
「親しいの?」
私は再度、頭を振る。
「全然。彼女がビュッフェパーティーのチケットが余ってるから行かないかって言うから来ただけです」
すると、今まで仏頂面で黙り込んでいた係長(仮)がぼそっと言った。
「親しくない相手と一緒にメシを食ってもうまくなかろう」
「うまいまずいの問題じゃありませんよ」
私はちょっとムッとして言い返す。
「おごりで、しかもビュッフェなら、二食分くらい余裕で食費が浮くじゃないですか。ま、都会で一人暮らしする私みたいな貧乏社畜の気持ちなんて、懐に余裕のある形部係長にはご理解いただけないでしょうけれど」
沈黙。
……あれ?私、今、「形部係長」って言っちゃった……?
相手の顔色をうかがうと、係長(仮)と目が合った。
彼は、この世の終わりみたいな真っ青な顔で私を見ていた。
結論。
私が係長(仮)と心で呼んでいた男は、本当に形部係長こと形部湊(みなと)だった。
一緒にいる紫ドレス男は彼の弟、形部洸(あきら)。
紫男と私が互いに自己紹介しているあいだも、係長はずっと渋い顔を崩さなかった。
よほどこのエキセントリックな兄弟のことを会社の人間に知られたくなかったのだろう。
形部弟は、自分を西蓮寺紫音(さいれんじしおん)と呼べと言った。
西蓮寺は母方の名字らしいが、なぜそんな通称名を名乗っているのかについては、聞きそびれた。
宝石商の黒服が、私たち――というよりは形部兄弟に声をかけてきたからだ。
「お客様、よろしければ商品をご覧になりませんか」
インプラントでもしてるのかと思うほど白い歯が眩しい。
「ご希望の商品のお取り寄せもできますよ」
すると、形部弟が言った。
「ありがとう。じゃあ、パープル・ヘイズはあるかしら」
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