2025年5月13日火曜日

2025大阪関西万博行ってきました

 


今話題の大阪・関西万博行ってきましたよ!

「行くか…万博」

って決まったのが、前の週の金曜日くらい。行く日は料金安くて空いている(と言われている)平日。子どもは学校があるので、夫婦二人のお出かけでございます。

予備知識はほぼゼロ状態で、まずはあの悪名高い「万博ID」を取ることから。

私はパスワードの入力など細かいことをスマホ画面でやりたくなかったので、PCで作業しました。万博IDは、メールアドレスの他に自分で決めたIDとパスワード(大文字・小文字・記号を含む複雑なやつ)が必要ですが、IDは他人と同じやつだとエラーになるので、自分の名前などありふれた文字列はやめといたほうがいいです。

IDとパスワードは必ずブラウザに憶えてもらいましょう。

二重認証はメール、スマホの認証アプリ、スマホの生体認証の3種類から選べます。

私はスマホの認証アプリを使いましたが、あとから生体認証にしておけばよかったと深~く後悔しました…詳しくは後述します😭

ID取得後、公式サイトで日時指定チケットを2人分を買い、片方を夫の万博ID宛に送信(リンクをメールやLINEで送り、相手がリンクを開いたら受け取り完了)。ですが、当日一緒に行動する場合、これは必要なかった…というか、やるべきじゃなかったな~と今にして思います。

なぜかというと、パビリオンやイベントの予約には各チケットに割り振られている「チケットID」が必要なのですが、チケットを渡してしまったら、自分のアプリには表示されなくなるため、予約画面で入力するためにいちいち購入履歴を開いてチケットIDを確認するという手間が必要になるんです。

なので、万博会場で一緒に行動する同行者のチケットは、グループ内の誰か一人が全員分持っておくほうが断然便利です。

パビリオンの予約は「2ヶ月前抽選」「7日前抽選」の他、来場の3日前の午前零時(!)からできる「空き枠先着予約」、入場10分後に有効になる「当日登録」の4種類があります。

我が家がチケットを買ったのは来場一週間前を切っていたので、夜中に「空き枠先着予約」でかろうじて「未来の都市」パビリオンを予約することができました。

それにしても午前零時に予約開始というのも呆然となりますが、夜中だというのにアクセス多すぎて、予約画面にたどり着くのに5分くらい待たされたのも閉口しましたね…

しかもすでに予約枠の大半が埋まってるし。

パビリオンの予約画面がまたブチ切れそうになるほど見づらいし。

健常者向け空き枠だけ表示してくれればいいのに、ご丁寧に身障者枠やすでに埋まってる枠まで表示されるから、いちいち画面をスクロールして画面下まで行って、「さらに表示」をタップして、また画面をスクロールして…を延々と繰り返さないといけないのがマジでつらい。

もう赤い❌️マークだらけのあの予約画面は二度と見たくない。


さて、話は変わって当日。

我が家は朝11時入場のチケットを取り、ゲート前に着いたのは10時50分ごろ。すでに誘導は始まっていました。

が、ここからが長かった…手荷物検査の行列がなかなか進まない😑

ゲート前は上の写真の画面奥に写っている庇のほかは日差しを遮るものが何もありません。入場まで3、40分くらい待ったと思いますが、かなり暑かったです。これは日傘必須

入場予約時間ギリギリに来て正解でした。

手荷物検査はかなり厳重で、ポケットの中身は空っぽにし、腕時計ははずし、水筒はカバンから出さないといけません(中身をスキャンする装置にかける)。え、空港より厳しくね?

さらに、手荷物検査が終わったらすぐそこが入場ゲート。(゚Д゚)ハァ?

動線をもうちょっと考えてほしい。

バッグから出した水筒やら腕時計やら抱えたまま、さあスマホを出してチケットスキャンしろて言われてもさあ、そりゃ人も渋滞するわ(# ゚Д゚)

そんなわけで、チケットのQRコードはスクショ(スクリーンショット)を取るか、印刷しておくことをおすすめします。それでもワタワタするけどね。

思うに、機械類を直射日光の下に出したくないんでしょうね。あとスタッフも。

入場オペレーションの拙さに一抹の不安を感じつつ、とりあえず会場内へ。

開放感~!

…はさておき、とりあえずお昼も近いので、腹ごしらえをしておきたく思い、東ゲート入ってすぐ右手にある「大阪ヘルスケアパビリオン」へ。

上の画面中央、木の向こう側に見える白い建物がソレです。中にフードコートがあります(ただし、椅子やテーブルは屋外。日除けテントあり)。人気のパビリオンなので行列ができてますが、フードコートは別の入口から入れるので、そばにいるスタッフに聞いてみましょう。


私が食べたのは、だし巻き弁当1400円(税込)。ま、お祭り価格ってことで…😅

味はとても美味しかったです。このフードコートは私がいつも見ているお料理系Youtuberさんが紹介していたので知ってました。他にもほっ◯ほっ◯亭や、韓国料理のビビムなんかもありました。

お腹がいっぱいになったら、予約が必要ないパビリオンのうち、私が一番気になっていた中国館へ。

ところで、私は公式アプリは「EXPO2025 Visitors」と「EXPO2025 Personal Agent」をインストールして行きましたが、正直なところ、前者は不要だと思いました。使うのは予約のときだけなので、公式サイトにアクセスすれば済む話かな~と。

後者はマップ機能が優秀で、パビリオンやイベントの検索ができて、自分が今いる場所からかかる時間や道案内(AR道案内もOK)もしてくれるスグレモノなのですが、一定の時間がすぎると勝手にログアウトします。

AR道案内中でも容赦なし。このク◯な機能、誰かなんとかしてほしい😒

私がさきほど二重認証は生体認証にしておいたほうがいいと書いたのはこのためです。

再ログインするときのイライラを減らせます。


それはさておき、中国館。入口には『論語』や『老子』の一説なんかが書かれていて、大学での専攻が中国文学だった私の気分は大盛り上がり!

30分ほど並んで中へ。





ガラスケースが液晶になっていて、タッチすると説明が浮かび上がるようになっているのが未来的でかっこいい✨️

展示品は最初見たとき、全部本物かと思いましたが、あとで調べてみたらレプリカとのことでした(そりゃそうだ…どれも国宝級だし、国外に持ち出して無料で見せるようなレベルのものではないですよね)。

それでも実物とほぼ同じものを生で見ることができたのはとてもいい経験でした。
いつか行ってみたいな、三星堆博物館…✨️


万博会場の西の果てにある「未来の都市」パビリオンへ移動しつつ、ガンダムを撮影。


途中、インドネシア館にも立ち寄りました。入口でもらったコーヒーが美味!

館内を見終わったら出口にカフェがあり、そこでコーヒーが(豆も)売られてました。
豆、お土産に買って帰ったらよかったかも…


万博開場後も未完成で噂になったインド館。
私が行ったこの日もまだ完璧ではなかった…のかな?あまり見るところがありませんでした…


西ゲートを越えてさらにしばらく歩いて、やっと到着!「未来の都市」パビリオン。

内容は、海底でも活躍できる未来の建設機械とか、未来の乗り物などのほか、限りある資源を有効活用するための資源リサイクルとか、CO2を吸収するコンクリートのPRブースなんかもありました。


会場に展示されてた「未来のバイク」。馬のように4本脚なので、山道でも岩場でも、どんな悪路もOK!らしいです。

会場で流れていたPR動画はレジャー用という雰囲気でしたが、実用化されるとしたら災害救助のほうが現実的なんじゃないかな?

10分ごとくらいにちょっとだけ動くんですが、ほんとに「ちょっと」なので、「えっ、これだけ?」となりました😅

それでもこれは夢のある「未来」の展示。

館内でやたら「リサイクル」とか「CO2削減」とか聞かされてちょっとげんなりしながら外へ。

環境問題についてはお腹いっぱいになりましたが、物理的に空腹を感じたので、少し早いけど夕食です。


そう、✨️くら寿司✨️です~😊

お値段は普段のくら寿司の倍くらいでしたが、二人でお腹いっぱい食べて5千円足らずというのは、この万博会場内では安いほうだと思いました。

夕食後はぶらぶらと東ゲートのほうへ戻ります。


飛ばない「空飛ぶクルマ」。


大屋根リングの上から見た水上ショー「アオと夜の虹のパレード」。

音はまあまあ聞こえるんですが、映像は会場側(着席エリアは予約制)からでないと見えないので、あいにくストーリーは大雑把にしかわかりませんでした🥲

噴水ショーの迫力と素晴らしさは遠目にも充分よくわかりました✨️

と同時に、当日はけっこう風があったので、着席エリアに風で煽られた噴水の水がかなりかかっているのも見えました…😰💦

水上ショーが終わったら、会場の営業終了時間はもうまもなく。

ドローンショーもあるとは知っていましたが、駅が混雑するのがいやなので、早めに会場を出たところ、考えることはみんな同じらしく、東ゲートはすでに退場する人でいっぱい。

でも、駅までの誘導オペレーションが素晴らしかったおかげで、全然立ち止まることなくプラットフォームまでたどり着くことができました!👏👏👏

車内はそれなりに混雑してはいましたが、痛勤列車というほどでもなかったし。

会場内の客さばきについては若干の不満が残るものの、往復の交通については言う事なしで、「疲れたけど楽しかったね」という気持ちで帰宅することができました。

家に帰ってスマウォの歩数計を見たら2万歩近く歩いてて驚きました!

ディズニーでもせいぜい1万歩超えなのに…ほんと、暑い中よく歩きました。

もう一度行きたいか?って言われたら、うーん…て感じ。

パビリオンの予約が全然取れないのが引っかかるんですよね~。予約なくても入れるみたいですが、待ち時間の問題があるし。

それに、「室内で」ゆっくり座って飲食できる店が少ない。

なんだかんだで万博それなりに人気が出てきているみたいなので、そもそも入場チケットを取ることすら難しいかもしれないので、もう行かなくてもいいかな、と思ってます。正直なところ。

私の万博についての感想は以上です。

ここまで読んでくださってありがとうございました✨️

2025年5月11日日曜日

紅蓮の禁呪159話「終曲」

 


 空いているベンチを見つけてクレープをゆっくり食べたあと、陽光できらきら輝く青い海を眺めつつ、

 そろそろ帰ろっか……荷物も重いし。

 などと考えていると、かかとに何かがぶつかる感触があった。

 怪訝に思ってベンチの下を覗くと、ちょうど彼女の足元にサッカーボールが一つ転がっている。

 ボールを持って立ち上がり、振り返ると、ベンチの背もたれのむこうに三歳くらいの小さな男の子がこちらへとことこ早足で近づいてくるのが見えた。

 彼の背後には、父親らしい男性が、同様にこちらに視線を投げ、すみません、というように苦笑して頭を下げている。

 紅子はボールを持ち主の少年に手渡すべく、ベンチの向こう側へ回った。

「はい、どうぞ」

 かがんでボールを手渡すと、少年と目が合った。

 黒い瞳と、黒い巻き毛。

 日本人離れした鼻筋と、白い肌。

 その顔を見た刹那、闇の中で閃いた稲妻がほんの一瞬辺りを照らすように、ある男の顔が紅子の脳裏をよぎった。


 白い顔を縁取る黒く長い巻き毛、だがその黒い瞳は、光を失った暗黒の深淵――


 誰?


 思い出そうとした次の瞬間、それはするりと再び記憶の闇に沈んで消えた。

 ただ一つ、その左頬に浮かぶ小さな傷跡を残して。

 それは少年の左頬にもあった。


「そのケガ……」

 紅子が我知らずつぶやくと、

「あのねえ、おじいちゃんちのろうかで、すべってころんだの」

 少年はボールを受け取りながらはにかんで答えた。

 と、そのとき、まるでそれ以上彼らが会話するのを拒むように、ハスキーな女性の声が聞こえた。


「あなた、泰己(たいき)」


 少年が声のほうをくるりと振り返るのに合わせて、紅子は彼の視線を追いかける。

 そこには、ベビーカーを押してこちらへやってくる女性がいた。

 身体の線が細い。まっすぐな黒髪、切れ長の目――


 よく似た誰かを知っているような気がするのに、意識はただ虚しく記憶の闇を掻くだけだった。


「ママー!」

 彼はそう叫ぶと駆け出した。

 父母と合流し、ふと思い出したようにこちらを振り返るや、


「ありがとー!バイバーイ」


 小さな手を思い切り伸ばして振り回して、彼はまぶしいような笑顔と元気な声を残し、家族とともに楽しげに何ごとか言葉をかわしながら歩き去った。

 紅子はなんとなくそのまましばし彼らの背中が見えなくなるまで見送ってから、ベンチのほうへ踵を返した。

 ほんの一瞬の、他愛もない触れ合い。

 だが、紅子はなぜか満たされた気持ちで、我知らず鼻歌まで歌っていた。

 ――誰もいないはずのベンチのそばに、人影を見るまでは。


 長身で、どこか見覚えのあるシルエット。


 まさか、と思いながらも、期待で心臓が跳ねるのを止められない。

 日はそろそろ西に傾きつつあるとはいえ、水面の跳ね返す光はまだ眩しく、紅子は思わず目を細めて手庇ごしになんとか相手を確かめようとした。

 眩しい視界の中、それでも彼のいつものいたずらっぽい笑みを視界に捉えた瞬間、紅子はほとんど衝動的にその名前を声に乗せていた。


「竜介!?」


 すると、よく知っている声が答えた。


「久しぶり。びっくりした?」


 紅子は驚きのあまり、文字通り心臓が口から飛び出さないように両手で口を押さえて呼吸を整え、それからようやく言った。

「びっ……くりした!」

 電話やメールでずっと連絡を取り合っていたけれど、こうして実際に顔を見て話すのは本当に久しぶりすぎた。

 耳元で心臓の鼓動が聞こえるのは、驚きのせいばかりではない。

「一瞬、向こうでなんかあったのかなって、縁起でもないこと考えちゃったよ」

 照れを隠すように続けた言葉に、竜介は笑って、

「とりあえず、座って話そうか」

 と、片手を差し出す。

「お手をどうぞ、お嬢さん。俺が幽霊かどうか、確かめてみたら?」

 紅子は赤い顔で竜介の顔と手を交互に見てしばし逡巡してから、差し出された大きな手に自分の手を重ねた。

 温かい。

 竜介はにっこりして彼女の手を引き寄せると、滑らかな動作で彼女をベンチに座らせ、自分もその隣に腰を落ち着けた。

 手は、重ねたままだ。

 その温もりが、彼が本当にここにいるのだということを実感させてくれる。

 ――嬉しい。

 が、同時に、どうしようもなく照れくさくて、つま先がむずむずする。

「いつ帰ってきたの?それに、なんであたしがここにいるって?」

 黙っていると頭がオーバーヒートして妙なことを口走りそうなので、今一番の疑問を訊いてみる。

「今朝の便で」

 と竜介。

「仕事が思ったより早く片付いた上に、一番早い飛行機に運良く空席があったんだ」

 そして彼は帰国してからここに至るまでの紆余曲折を語った。

 今日から日本は五月の連休だということは知っていたので、空港に到着後、都心に向かうリムジンバスの中で、竜介は紅子が家にいることを期待して一色家に電話をしたところ、紅子は出かけたという玄蔵の返事。

 がっかりしたものの、もしかしたら出先で会えるかもしれないと思い直し、紅子の行き先を玄蔵から聞いておいて、とりあえずスーツケースなどを置きに、東京での定宿である虎光のマンションへ。

「ついでにシャワー浴びて着替えたかったし」

 と彼が付け加えるのを聞いて、紅子は今日の彼の服装が長時間のフライト後にしてはこざっぱりしている理由を合点した。

 ブルーのシルクシャツに濃紺のジャケット、灰褐色のコットンパンツに黒に近い濃褐色のレースアップシューズという出で立ちは、男物の服装に詳しくない紅子が見てもおしゃれだ。

「時差ボケは?」

「今回は仕事だったから平気」

 竜介が酒好きが高じて海外の珍しい酒類を輸入する小さな会社を営んでいることは、付き合い始めてすぐに知った。

 以前、彼の部屋で見かけた酒瓶の数々は、趣味と実益を兼ねたものだったのだ。

 オフィスは彼の父方の祖父母が暮らすオーストラリアにあり、社員はいないいわゆる「一人社長」なので頻繁に日本と往復する必要があるけれど、時差はほとんどないから楽なのだと彼は言っていた。

 紅子は言った。

「仕事だったんなら、別にわざわざ着替えなくてもよかったんじゃない」

「いやいや、飛行機に乗るときはよほど短時間じゃない限り、パジャマみたいな格好だから」

 竜介は苦笑して頭を振る。

「それに、約束したからね。ちゃんとした格好で会うって」

 部屋では虎光が連休を満喫していた。

 出かける予定はないから車を使っていいとのことでお言葉に甘え、車でアウトレットモールに向かったが、着いてみると思った以上に広い上に混雑していて、もう直接携帯に連絡を入れようかと迷ったと彼は言った。

 奇跡といってもいいようなことが起きたのは、そんなときだ。


『えっ?はい、いえ、別にそういうわけでは』


 聞き慣れた声に振り返ると、家電量販店の店先にずらりと並んだ大小様々な液晶テレビすべてに、探していた人物が映っていた。

 まるで、「彼女なら、ここにいるよ」と誰かが教えてくれているように。

 彼はすぐさま傍らで呼び込みをしていた店員をつかまえて、画面に写っている場所への道順を聞き出し、人混みをかきわけて外に向かった。

 そして今に至る。

 不意打ちのような形で撮影された自分の姿が公共電波でさらされ、しかもそれを身近な人間が見たというのは、この上なく気恥ずかしく居心地の悪いものだ。

 そのことについて紅子は不平を言ったが、竜介は、まあね、と一旦同意したものの、

「ま、俺はおかげでサプライズが成功したわけだけど」

 と、いたずらっ子のように笑った。

「あれはほんと、びっくりしたな。奇跡的なタイミングだった」

「竜介が到着する前にあたしが移動して、入れ違いになってたら?」

「うーん、そのときはそのときで、電話すればいいかと思ってたんだけど」

 竜介は少し口ごもってから、続けた。


「電話なんかしなくても、なんだか会える気がしたんだ」


 紅子はまた自分の顔に血が上るのを感じた。

 視界の端で隣にいる彼を盗み見ると、まっすぐ海を見ているその顔も赤らんでいる気がした。海からの照り返しのせいだろうか。

 どう返事をしたらいいのかわからないまま、しばらく竜介の靴の隣に並んだ自分のスニーカーのつま先を見つめた。

 もうちょっといい靴を履いてきたらよかった。


「……あとどれくらい日本にいられるの」


 この質問を口に出すのは勇気が必要だった。

 いつも帰国したと思ったらまたすぐに出国してしまって、学校がある紅子とはまったく時間が噛み合わなかった。

 今回はたまたま会えたけれど、きっと今夜遅くか明日にはまたどこかへ旅立ってしまうんだろう。

 そう思うと、別れまでの時間を自分から区切ってしまうような気がして怖かった。

 でも、心の準備は必要だ――笑顔で彼を送り出すために。

 声が震えないように、なるべく明るく尋ねた質問の答えは、しかし、いい意味で予想を裏切るものだった。


「しばらくいるよ」


 と、竜介は答えた。

 彼がここしばらく忙しくしていたのは、会社のオフィスを日本に遷すためだったらしい。

 一緒にいられるのはとても嬉しい。

 でも、なぜ今、日本に遷す気になったんだろう。

 紅子がその疑問を口にすると、竜介はニヤリと笑うと、

「ま、年貢の納め時ってやつだよ」

 それからふと真面目な口調になって、

「未来のことはわからないけど、自分の生活だけ考えて生きるのはもう潮時かなと思って」

 どういう意味だろう、と紅子が考える暇もなく、彼は

「親父のこともね」

 と続ける。

「君の親父さんから言われたよ。俺がいつまでも苦しむことを、死んだ母さんが望んでいると思うのかって」

 短い沈黙が降りた。

 いつの間にか海の向こうは夕焼けの色が濃くなり、周囲の喧騒も遠のいたようで、波の響きだけがやけに大きい。

 それを破ったのは、紅子だった。

「あたし、黄根のおじいさんから遺品をもらったの。古い写真なんだけどね」

 玄蔵が母親の墓参をしたあの日、禁術が使われることで起きる変化――御珠の消失、時系列の変化など――についても事前に説明しておくことで混乱を最小限にとどめようとしたのだろう、黄根老人は泰蔵のもとを訪れた。

 そのとき同時に、彼は自分が死ぬことも予言し、

「すべてが終わって落ち着いたら、紅子に渡してほしい」

 と泰蔵に託したのが、その写真だった。

 東京に戻る前に泰蔵から手渡されて以来、紅子はそれをなんとなくお守りのようにパスケースに入れてずっと持ち歩いていた。

 今、彼女はそれを取り出し、改めて目を落としていた。

 そこに写っているのは、赤ん坊を抱いた若い夫婦だ。

 色は褪せ、何度も折り畳んだり開いたりされたらしく、折り目の部分が白くなってはいるが、画面の中の笑顔の女性が若い頃の祖母であることはすぐにわかった。

 そして、写真の裏には、「日奈の宮参り」と書いてあった。


「黄根のおじいさんは、きっとわかってもらいたかったんだと思う。母さんやあたしのことをどれくらい大切に思っていたか」


「そうか……」

 竜介はため息とともにそう言って、頭を掻いた。

「俺、あの人に悪いことしたな。娘の幸せなんかどうでもよかった、なんて決めつけて」

 夕日は彼らの背後に遠のき、辺りは急に暗くなり始めていた。

 竜介は紅子が持っている写真をよく見ようと少し身を乗り出す。


 と、そのとき――


 いきなり風が強くなり、一陣の突風が砂埃を巻き上げた。

 紅子は小さく悲鳴を上げ、思わず強く目を閉じる。

 その瞬間、手にしっかり持っていたはずの写真が、風にさらわれて舞い上がった。


「写真が!!」


 紅子は慌てて手を伸ばし、空中をひらひらと滑っていく写真を追いかけたが、もう遅い。

 それは風に流されるまま柵を乗り越え、夕暮れの暗い波間に消えた。

 紅子がなすすべもなく柵にもたれて、写真が消えていった海を呆然と見つめていると、隣に竜介がやってきて言った。

「黄根さん、よほど俺に見られるのがいやだったのかな」

 冗談なのか本気なのかわからないとぼけた口調に、紅子は思わず吹き出した。

「照れくさかったんだよ、きっと」

 それに、と続ける。

「わかってもらえたからもういい、と思ったんじゃない?」

「だといいんだけど」

 会話が途切れたが、そのまま二人は並んで暮れていく海を見ていた。

 静かだった。

 コンクリートに打ち付ける規則的な波の音のほかは、モールのほうから聞こえるかすかなざわめきばかり。


 帰りたくない。


 そんな言葉が口をついて出そうになる。

 が、それはさすがに彼を困らせるだけだろうと、紅子は代わりの言葉を探した。


「ずっとこんな日が続くといいのにね」

 すると竜介はふと微笑んで、

「続くさ」

 と、答えた。

 それから改まった様子で

「紅子」

 と彼女を名前で呼ぶと、少しためらいがちに言った。


「……キスしていい?」


「え、ここで?」

 紅子は真っ赤に上気した顔をごまかすように、慌てて周囲を見回す。が、

「誰もいないよ」

 と竜介が言う通り、いつの間にか辺りは人の気配が絶えてひっそりしていた。

 自分の心臓の音が、彼にまで聞こえるのではと心配になるくらい。


「ど、どうぞ……?」


 紅子が思い切って答えると、肩に温かな手が置かれて、竜介の顔が間近に降りてきた。

 その端正な顔が、困ったような笑みを浮かべている。


 前にも、こんなことが――


 そう思っていると、

「前にも言ったと思うけど、」

 と彼が言った。


「やりにくいから、目を閉じてくれるかな」


 驚きのあまり、言われたこととは真逆に、紅子は反射的に目を見開いた。

「前にも、って……!?」

 でも、あれは夢だったはずでは?

「その話は、またあとで」

 竜介はいたずらっぽく笑うと、自分の唇の前に人差し指を立てた。


「今は……目を閉じて」


 そうだ。これから、時間ならあるんだった。

 そう思いながら、紅子はゆっくり目を閉じる。

 話したいことはたくさんあった。

 もしかしたら、一生かかっても尽きないほどに。


 夕焼けの残照を背景に、二つのシルエットが重なった。

 海を渡る初夏の風が、暖かく二人を包んでいた。

 季節はまだ始まったばかりだ、と言うように。


<完>

※挿絵はAIに寄るものです。

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 昔々、フェルトマスコット作りにハマっていたときに使ったフェルトの余りで、コースターを作りました。 大量に余っているあまりかわいくない色(茶色とか)のフェルトを、スーパーで売ってる某6Pチーズとかの円形ケースで型をとり、丸くカットします。 そこに余りフェルトをテキトーに布用ボンド...